花を飾って
…一瞬のうち、しんとした沈黙が、走った。はっとしたときには、もう遅い。やってしまった。ここ一番の大舞台で、思いきり噛んでしまう自分がひどく忌々しいものに思われた。インターフォンを押すところからやり直したいと念じるが、願ったところで時が巻き戻るはずなどもなく、カークランドはただひたすら、さああと顔色を青くするばかりである。ひりひりと痛む舌から、血の、鉄臭い味がした。いっそこのまま花束を押し付けて、どこぞへ逃げてしまいたいと思う。うつむけたままのおもてが、いつまでも上げられないままだった。
「…ぷっ」
くっくと、呆気にとられていたはずのルートヴィッヒの笑い声に驚いて、思わずひらりと顔を持ち上げる。笑いをこらえているようだが、震えた肩はやはり隠せていない。こっちは笑いごとじゃねえよ、と腹のなかで悪態をつくも、やはり声にはできないままでいる。
「…ありがとう、綺麗だな」
まだ口元におさえきれぬ笑いを浮かべたルートヴィッヒが、カークランドの腕のなかからそうと花束を奪ってゆく。わずかに目を伏せて、花束を高い鼻梁の先に近づけたその表情の穏やかさといったら、さきほどの恥も忘れてどきりとしてしまうほどだった。まったくげんきんなものであると、思わず自嘲する。
「…そうだ、よかったら上がっていかないか？ちょうどクーヘンが焼き上がる頃なんだが」
「え、あ……お、おう…」
やわく微笑むルートヴィッヒの表情に、胸が巡るような思いがした。手招かれるままに、キイ、と門をくぐる。いっとき、鈍いこの男のことである、まさか好きのベクトルを勘違いしてしまっているのではないかと不安が胸のうちを過ぎった。わざと一輪含んだ意味合いも、わかっているのかいないのか、カークランドの知るところではない。
「…その、メッセージカード、後で見てくれ」
そうして耳打ちすれば、振り返ったルートヴィッヒに照れた仕草でわかっていると返された。それが耳朶まで赤く染まっている。どうやらわかっていたようだと思って、つられてカークランドまでもが赤面する始末である。
花を飾って( 20120820 / 英×独 )