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長門有希の消失以前

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私は図書カードの作り方がわからず書架の間を右往左往としていた。
図書館の職員も忙しそうにしていて聞きづらく、
借りたい本も借りれずにその場で立ち尽くしていた。

そんな時、唐突に彼が現れた。
名前は知らない。高校生ぐらいの男の人だった。

「なあ、余計なお世話かもしれないんだが、
もしかして図書カードの作り方がわからないのか?
さっきからカウンターに行ってはそこの棚に戻ってはずっと立ちっぱなしにしてるし、
もしかしてと思ったんだけどな」

何を話せばいいのか思い浮かばなかった。
知らない人に話しかけられて不安になり、
あまりにも突然のことで緊張していた。
私は顔が熱くなっているのを感じていた。

そのまま黙っていても不審に見えるような気がしたので、
私は首をかしいだのかわからないぐらい小さく頷いた。

「そうか。なんとなく見かねてな。
もしよかったら俺が図書カードの作り方をだな。
さすがにあの様子じゃなかなか終わりそうにもないだろうし、
無理にでも捕まえてでも仕事を振らないと通常業務にも戻らないだろう」

私の仕草にむしゃくしゃしていたのだろう。
それか、どうしても気になってそう話しかけたのだろう。
とても恥ずかしかった。
誰かに世話を焼いてもらわなければ図書カードも作れない自分が恥ずかしかった。

「ありがとう」

やっと出てきた言葉がそれだった。
それもかすれるように小さい。

「まずは司書さんを捕まえなくちゃな」

彼は私の手を引っ張った。
いきなりのことでどうしていいかわからず、
そのまま彼に引っ張られるようにして彼の後ろについていった。
まるで何の迷いもなく自信にあふれる彼の背中が頼もしかった。

彼は図書館の人を見つけるとすぐに事情を話して
図書カードを作るための手続きを取ってくれた。
さすがに登録を行うための紙は私が記入したものの、
あれこれなにか聞かれるたびに彼が答えていた。
こんなに誰かから世話を焼かれたのは初めてだと思う。

そうして私は顔を赤くしながらあれこれと図書カードの手続きを済ませた。
幸いにしてすぐに本を借りることができた。
私は彼にお礼を言った。

「ありがとう」

「気にすんなって。困ったときはお互い様だ」

彼は「それじゃあな」と言い、名前も告げずに去ってしまった。
結局、私は彼が何者なのかもわからないまま別れてしまったことになる。
しかし、再会は思いもよらないところで訪れた。

高校の入学式、彼の横顔を列の中でかすかに見えた。
臆病な私は列をかき分けるわけでもなく、
彼の横顔を気付かれないようにじっと見つめていた。
私に勇気があれば人ごみをかき分けてでも彼にあの時のお礼を
再び言うところだったと思う。
私はそれを想像の中で行うに留めた。

幾度となく彼と再会するチャンスはあった。
私はそのチャンスをみすみすと逃していた。
きっと彼と何を話せばわからなくなる不安と、
彼が私を覚えてくれているかどうかの恐怖で話しかけられないだけだったと思う。
ただ、そのハードルはとても高かった。

高校に入ると部活動に入るよう促された。
私は本を読むのが好きだったこともあり入部届に文芸部を書いた。
誰が入部しているかもわからず少し不安に思った。
ところが部室に入ると誰もそこにいなかった。
そこにあるのは折りたたみ式の長机とパイプ椅子、
そして一台の古ぼけたコンピュータだった。

顧問の先生の顔もわからない。
しばらく部室に通ってみたものの誰も現れることはなかった。
まるで忘れ去られてしまった部活動のように感じた。
恐らく、部員は私しかいないのだろう。

私はその部室に一人で過ごすようになった。
静かに閉じた空間で、私はひっそりと本を読んでいた。
昼休みになると、そこへ弁当を抱えて一人で食べた。
不思議と一人でいることに寂しく感じることもなく、
むしろその静けさに包まれていることが高校生活に安らぎを与えてくれていた。

放課後も途絶えることなく文芸部室に通い、窓辺に座って本を繰っていた。
気が向くとコンピュータの電源を付けて操作もした。
最初は操作の仕方もわからなかったが、
図書館で本を借りると少しずつ勉強を始めてみた。

慣れると気付くこともあり、
本に書かれている文書作成ソフトや表計算ソフトはこのコンピュータに入ってなかった。
ただ、ワードパッドと呼ばれる文書作成ソフトなら入っていた。
他にもソリティアやマインスイーパーなどのゲームも入っていた。
特に面白いと感じなかったため、一度だけ起動して次からは使っていない。

キーボードの操作に慣れると私はワードパッドで小説を書くようになった。
デスクトップには文芸部の予算表や過去の議事録が散らばり、
いつもアイコンで雑然としていた。
その中に私のフォルダを作り、
放課後の気が向いた時間に小説を書きためていった。
私以外の誰も読むことのない、私だけの小説だった。

そうしてゆっくりとした時間の中、
私は少しずつ生活の痕跡を文芸部室に残していた。

もちろん、彼もその高校生活の一部にわずかながら痕跡を残していた。
彼はたまに現れると視界の隅に消えていった。
彼は私に気付いていないだろう。
そして私も彼に気付かれていない。
そっと彼の横顔を見かけると鼓動が早く高鳴った。
彼を見かけた時にはその日、一日のすべてが充実しているように思えた。

きっと私は彼に恋をしたのだろうと思った。
彼を見つけるだけでこんなに幸せなことはなかった。

高校一年の半期を文芸部室で過ごし続けた。
時折、私はそこで彼のことを思い、いつか彼が文芸部室に訪れることを夢見ていた。
しかし、それも夏休みによって中断される。
鍵さえ借りれば文芸部室に入れなくもなかった。
冷房設備もあり電源を付ければ一年を通して快適に過ごすこともできる。
ただ、一日の大半をそこで過ごすにはあまりにも本が少なかった。

その代わり、私は夏休みに入ると図書館に通い始めた。
朝起きて支度をすると、昼までそこで本を読み、
昼になるとお昼ごはんを食べに自宅へ帰った。
少し休むとまた図書館へ行き本を読み続けた。
外が涼しくなる頃にまた帰り、夜ごはんを食べる。
お風呂に入り体をきれいにすると布団の上で好きなだけ本を読んだ。

図書館に通い詰めていたのはもしかすると彼がまた訪れることに期待していたからかもしれない。
それでも私は彼を見つけたとして話しかけられるかどうかはわからない。
恐らく、臆病な私は彼の横顔をこそこそと見ているだけになるだろう。
学校でも何度も何度も彼の姿を見ているだけで話しかけることはしなかった。
それでも、どうしても私は彼にもう一度お礼を言いたかった。

あっという間に夏が過ぎていった。
図書館へ行き、本を読み、眠る。
同じ事の繰り返しの毎日だった。
私は他にどこへ行く宛もなく、図書館だけを心の拠り所としていた。

そして始業式となり高校生活がまた元に戻ろうとしていた。
もちろん、始業式には彼がいた。
一ヶ月ぶりに見た彼の顔は私をときめかせるのに十分だった。
ときめくと言うのも恥ずかしい表現ではあるものの、
それだけの恥ずかしさの入り混じった複雑な感情が私の心を輝かせていた。
作品名:長門有希の消失以前 作家名:竹渕瑛一