二話詰め合わせ
真顔で怒る彼女の言葉に、ブラッドは最初ムッとしていた。だが何か考える風な表情になり、それから小さくクククと笑い出し、次第に我慢できないとでも言うように隣で本気で笑い出す。自分が人参に追い掛けられるところを本当に想像でもしたのだろうか。その様子に呆気にとられていた彼女は馬鹿にされたと思い、拳でブラッドを叩き始めた。
「笑い事じゃないでしょう? 取り消しなさいよっ。」
「ははは・・痛いよ、お嬢さん。」
ついでに紅茶も取り扱い禁止にすれば?だの、自分の部下に愛情は無いのか等々、家主を扱き下ろしているとアリスは笑い続ける男に抱き寄せられた。そのまま罵りの言葉を吐いていた唇を塞がれる。こんな人目に付くところでするようなことじゃないと焦った。塞がれた口を解放しようと暴れる。その甲斐があったのか無かったのか、直ぐにブラッドの顔は離れた。
「中々良いフレーバーティーを飲んで来たみたいじゃないか。だが、ミルクティーは頂けないな。」
しれっとそんなことを言われて赤面する。直ぐに周囲を見回せば、幸いにも通行人は居なかった。それには安堵した。此のまま近くにいては危険だと急いでブラッドから離れ、睨みつける。
「このっ、変態、変態、変態、へんたい、へんたい・・・・っ!」
「ああ、そうだな。君は気の毒だ。その変態に目を付けられて、きっともう逃がして貰えない。」
最上級に楽しそうな顔で怪しげな台詞を吐く男に眉を寄せるアリス。引き続き彼との距離を保ち警戒する。
もう少し慎重になるべきだったと自分の行動を反省した。行き場所を無くした様に思え不安になっていたところに、まるで迎えに来たようなブラッドの登場ですっかりペースに乗せられてしまっていたが、元々この男が妙なことを言い始めたのが原因なのだ。
「もう一度だけ君の意向を聞いてやる。君は如何したいんだ?」
脈絡の無い質問に一瞬戸惑う。次に嗚呼あれかと思い至るが、さて如何答えたものだろう。本音は先の時間帯に答えたままだ。記憶ごと消せないのならば此のままで良い。こんな変態で自分勝手な男でもやはり嫌いにはなれないからだ。ただブラッドの様子が執務室の時と明らかに違うのが気になって返事が出来ない。
「え・・・ええっと、即答は無理。考えさせて。」
「ふふん、いいとも。そう言えば本を置いたままだったね。私の部屋まではゆっくり考えるといいさ。」
少し先に、あの仰々しい門構えが木の間から見えている。余り考えている時間は無いようだ。アリスは歩くスピードを落とし一生懸命に考える。だが、どちらにすればどうなると言うのだろう。無意味な事を一生懸命考えている気がする。何の為に?
そんな事で答えも出せずに屋敷内に戻って来た。
ちらりと横を歩くブラッドの顔を見ると機嫌が良い顔をしているのは判るが、何を考えているのかさっぱり掴めない。アリスの視線に気付き此方を見た彼は、如何した、答えは出たのかと言いながらその口元に笑みをつくっている。それが禍々しいものに思えた。気のせいだろうか。
家主は部屋の前に着くと彼女の為に扉を開け、恭しくアリスを自室へ招き入れる。
「さあ、どうぞ。お嬢さん。」
そうして彼女の腰に手をまわし部屋へと消えた。