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君振リ見テ我ナニスル

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 喧嘩をして落ち込んでいる年上の同級生を見て、私は不謹慎にも羨ましいと思ってしまった。

 意見の相違が生まれ、喧嘩に発展する。それは結局互いの事を『知りたい』、『分かりたい』と思う気持ちの表れだというのが滝夜叉丸の考えだった。
 だから、タカ丸と兵助の喧嘩を知った時も然程心配はしていなかった。タカ丸の話から二人が互いを求めている事がありありと分かったからだ。

 喧嘩をした事はない。
 褒められた事はある。
 怒られた事はない。
 叱った事はある。

 タカ丸と兵助との一件以来、滝夜叉丸は己と恋人関係である筈の先輩の事ばかり考えるようになっていた。
 そして、考えれば考えるほどに自分達の関係が薄っぺらいものに感じてきて、滝夜叉丸は柄にもなく泣きそうになってしまう。そういう時は決まって一年は組の仲良し三人組に会いに行く。偶然を装って姿を現して、失礼な三人の態度を肌で感じると妙に安心してしまうのだ。恐らく自分はこの三人からは好かれてはいない。万物に愛されて当然だと自負している滝夜叉丸にとっては認めがたい事実だが、最近はそれがどんなに有難い事か分かるようになってきた。
 『好かれてはいない』
 要は三人は滝夜叉丸の外見、内面を見て感情を抱いているという事だ。
 だが、あの人はどうだろう、と考えは振り出しに戻る。


 一体私はあの人の何なのだろうか。
 私はあの人の何を知っているのだろうか。
 あの人は私の何を知っているのだろうか。

 あの人は果たして、私のことを知りたいと思ってくれているのだろうか。



 太陽が西に傾き、山の陰に隠れ始めた頃。いつもの如く激しい委員会活動に委員長以外の全員が肩で息をし、低学年に至っては目の焦点が合っていない。魂が口から出ている。滝夜叉丸は汗で皮膚に張り付いた前髪をかき上げながら傍らに寄る。
「金吾、四郎兵衛大丈夫か?」
「これが大丈夫に見えるなら先輩は酷いです……」
 虚ろな目つきで空を見上げる四郎兵衛と違い、金吾は滝夜叉丸の問いに一応答える。さすがは普段から戸部先生に鍛えられているだけはあるという事か、と滝夜叉丸は少し感心した。
 一方、首根っこを掴んでいる三之助は見当違いの方向を今にも歩いていきそうになっている。「お前も疲れているんだから、少しは大人しくしていろ」という滝夜叉丸の言葉に「いや、だから学園に戻ろうと思ってるんですけど」と返す三次郎。が、極度の方向音痴である彼の向いている方向は全くもって学園とは逆方向である。滝夜叉丸は大きく溜息を吐くと首根っこを掴む力を強くした。
 ガサガサ、と草を掻き分ける音がしたと思った時には音を立てた主が四人の前に姿を現す。あれだけの山道を先頭を切って走っていたのに彼は頭に数枚の葉と制服に少量の泥を付けているだけだった。
 そもそも全学年が参加する校外学習の道順を確認するのが今日の委員会の目的の筈だった。それがいつの間にか山中を駆け巡る事になってしまったのは何を言おうこの長髪の野生児こと体育委員会委員長、七松小平太の所為だった。
「何だお前らもうへばってるのか」
 腰に手をあて、仁王立ちの小平太は晴れやかな笑顔で後輩達の姿を笑っている。
 苦虫を噛み潰したような顔で返したのは滝夜叉丸だった。
「こんな裏裏裏山まで来て、しかもそれを何往復したと思ってるんですか……。疲れてないっていう方がおかしいんですよ」
「そうか。確かに私も少し疲れたな」
 少しかよ、という言葉は大きな溜息に混じらせて吐き出した。さすがに先輩に対しての礼儀というのは弁えていると滝夜叉丸は小平太の笑顔に若干の殺意を感じながらもそれを上手に隠す。
 三之助の首根っこを掴んだまま金吾をおぶると小平太に向き直る。
「もう日も落ちます。そろそろ帰りましょう」
「ああ。四郎兵衛、大丈夫か?」
 素直に頷いた小平太は今だ木の幹に凭れ掛かり虚ろとしている四郎兵衛の頬を数度優しく叩く。四郎兵衛は「ふぁーい」とまるで気の抜けた返事を返した。変わらない笑顔でそれに答えると小平太は彼を脇に抱えた。そして、滝夜叉丸に向かって手を差し出した。その行動に首を傾げる。
「金吾も私が連れて帰ろう。お前も疲れているだろう」
「……いえ、結構です。先輩には負けますが、私は四年生で一番優秀ですから。これぐらいどうって事ありません」
 目上からの厚意を無下にした様な言動。弁えていると滝夜叉丸は自覚しているつもりだが、やはりそこは滝夜叉丸というべきなのだろうか。そんな滝夜叉丸の姿に小平太は優しく微笑むと「そうか! さすがは滝夜叉丸だな!」と嬉しそうに言った。
 それから体育委員会の面々――金吾と四郎兵衛も裏山に戻ってきた頃には回復し、己の足で歩いた――は夕食に間に合うようにと少し早足で学園へと帰路についた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 夕食に委員会全員でとり、解散した後は、すっかり汚れてしまった身体を滝夜叉丸は風呂で綺麗に洗い流した。
 手拭いを首から提げ、自室の手前まで辿り着いた時にその襖の前に立つ人物に気が付いた。
「タカ丸さん?」
「あ、滝夜叉丸くん!」
 珍しい髪色と髪型をした同級生は滝夜叉丸の姿を見るとパッと目を輝かせた。
「こんな所でどうしたんですか? 入っていてよかったのに」
「いや、さすがに誰も居ないのに悪いかなーと思って」
 滝夜叉丸の自室は行灯も点いておらず、真っ暗だ。同室の喜八郎は居ないらしい。
「こんな遅くにあいつは何処へ行ってるんだ……」
 此処は忍術学園だ。授業や委員会活動が終わった後も生徒は皆自主訓練をしている事が多い。しかし、滝夜叉丸の知る限り、綾部喜八郎という男はそんな殊勝な行動を起こすような性格ではない。のらりくらりと彷徨っては蛸壺を掘る、そんな人間だ。
 四年間付き合ってきても彼に関して分からない事は山ほどある。だが、それを無理に追求しようとしないのは何も見放しているとか、諦めているとか賢い選択をしたからではない。「あれでも一応友人だから、な」滝夜叉丸は喜八郎の一線を知っていた。しかし、彼自身はその一線に気付いていない。滝夜叉丸は待っていた。彼が自分自身の一線を気付くのを。そして、その時の彼の反応を見、己のすべき行動を決めようと、滝夜叉丸はそう考えていた。
 溜息を漏らすと滝夜叉丸は慣れた手つきで火を灯すとタカ丸を部屋へ招いた。滝夜叉丸と同じく寝間着姿のタカ丸は勧められるがままに床に腰を下ろす。
「で? 今日はどうしたんですか?」
「この間のお礼を言おうと思って」
 その言葉でタカ丸が訪問した理由を察した滝夜叉丸は頬を緩める。
「お礼なんていいですよ。私は何もしていないですから。でも、その様子だと旨くいったようで、何よりです」
 旨くいったという言葉に照れたように笑ったタカ丸は年上とは思えないな、と滝夜叉丸は苦笑した。そこが彼の魅力なのだろうし、お陰で年下である四年生の皆と直ぐに仲良くなれたのだろうが。
「滝夜叉丸君ならそう言うと思ったけど、でもやっぱりちゃんとお礼が言いたかったんだ。やっぱり君の、君達のお陰で兵助君と仲直り出来たからさ。ありがとう」
 深々と頭を下げるタカ丸に慌てる。
「いやいや! そんな頭を下げる程じゃないでしょう!」
作品名:君振リ見テ我ナニスル 作家名:まろにー