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井戸ノくらぽー
井戸ノくらぽー
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不思議の国のはじめくん(サンプル

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 一はソージの部屋を出て、俳句大会の開かれる梅園へと向かうことにした。勿論、キノコも持って。
(これも何かの役に立つことがあるかもしれん)
 なにせ鬼と戦になるのだからな、と知らず知らず一はこの世界に馴染みつつあった・・・。


六. 女王様の俳句大会


 一が梅園の入り口に行くと、梅の木の周りを隊士らしい男たち三人が化粧箱を持って囲んでいた。よく見ると、赤い梅の花に白粉をまぶしているようだ。
「おい、おまえたち・・・? 何故梅に化粧など・・・」
 一が声をかけると三人は揃ってぎくりとした。
 恐る恐る振り向いた一人が、一だとわかってほっとしたように小声で返事をした。
「サイトーさん、このことは是非ご内密に。実はここの梅、本当は白梅じゃないといけなかったのですが、間違えて紅梅が咲いちゃったんで、慌てて女王様が来る前に塗り直してるんです」
「梅が間違えるわけはない。植えた者が間違えたんだろう」
「そうそう、植えたやつが間違えたんですが、」
ともう一人が口を挟んだ。
「女王に見つかったら俺たち歩(ふ)の隊士全体の責任になるから、急いで先回りしてこっそりやってるわけなんっすよ」
「そうか・・・」
「サイトーさんも良かったら手伝ってくれませんか? まだあとあっちの方にも咲いてるらしいんです」
 残った一人がすまなそうに訊いてくる。ヒジカタ女王が来るまでなら、と一は請けあった。
 しかし間もなく呼子のような音が聞こえた。
「ヒジカタ女王だ!」
 隊士たちは慌てて梅園の奥に駆け込んだ。一も一緒に逃げようとしたが、逃げる隊士に突き飛ばされて、地面に倒れてしまった。
 起き上がった時には既に大勢の足音が近づいていた。
(考えれば、俺はとにかく女王に会って俳句大会を引き延ばさなければいけない。逃げるところではないな)
 そう思って一は伏せたまま視線を上げた。
 「誠」と書かれた旗を持った隊士たち、続いてヤマザキ、両手がロブスターのはさみになっている用務員の島田さん、甲羅を背負った学食の井上さん、ヘースケ、サノ、シンパチが現れた。それから王冠を乗せたクッションを手にしたサンナーンや伊東芋虫も居た。
 行列の最後に現れたのは長い黒髪を縱ロールでポニーテールに結ったヒジカタ女王と、薄桜学園の理事長近藤勇、ではなくおそらくコンドー王だった。
 行列が一の前までやってくると、みんな止まって一を眺めた。かなり驚いたり、心配したりしている。
「サイトーさん、やばいよ」
「切腹かな」
 そこで一は、さっきヤマザキに借りたはずの隊服を結局着ていないことを思い出した。
「おい、サイトー!」
 ついに女王ヒジカタが口を開いた。
「隊士の命より大事な隊服をどうした?」
「そ、それは・・・」
「女王様! サイトーさんの隊服は俺の部屋に忘れてあります!」
 ヤマザキが必死でフォローしてくれた。
「ヤマザキには訊いてねえ! おい、それで今ここでおめえは何をしてたんだ? 答えろ」
「お、畏れながら申し上げます。・・・ここで梅に化粧をしていました」
「化粧だあ? 一体全体どういうこった」
「そ、その、白く塗っていたのです」
 行列に衝撃が走った。
 見る間に女王ヒジカタの額に青筋が走り、雷のような怒号が飛んだ。
「てめえ、切腹だ、腹を切れ!」
「し、しかし、なぜ花を塗ったら切腹なのですか」
「るせえ、俺は白梅が好きなんだ。なのに紅梅を植えやがった。植えたやつも切腹だ」
 何処からか先ほどの隊士三人が連れて来られ、悲鳴を上げながらまた何処かに連れて行かれた。
「サイトー、おめえも共犯なら容赦はしねえ。年に一度の俳句大会に、隊服まで忘れやがって」
「ま、待てよトシ。今日は穏便に行こうじゃないか。ソージの次にサイトー君までいなくなっては、銀のナイトがいなくなってしまう」
 コンドー王が諌めに入った。
「そんなのは他から繰り上げればいいことよ。現にうちは幹部が余ってるんだしな。ふん、この梅も斬ってくれる」
 すらり、ヒジカタは自分の刀を抜いた。
「お、畏れながら、梅には罪はないと思います。赤でも白でも、梅は梅です」
 必死になって一は答えた。すると、
「ん? ・・・そうか。おまえの言うことはもっともだ、サイトー」
 驚いたことにあんなに怒り狂っていた女王が、刀を鞘に納めた。
「俳句大会を決行する。サイトー、お前も俳句は読めるな?」
 面食らった一に、コンドーが慌てて
「も、勿論読めるな!」
 と言うので周りを振り向くと、ヘースケやヤマザキがとにかく肯定するように促している。
「は、はい・・・」
「よし。では来い」
 一は行列に加わって梅園に向かうことになった・・・。


七. 井上ガメの話


「いいお天気だね、サイトー君」
 隣を歩いていた井上ウミガメが声をかけてきた。
「え、ええ・・・。この俳句大会、一体何をすればいいんですか? 実は俺、現在記憶を無くしてまして」
「そうなのかい? 俳句大会といっても、自分で俳句を詠むわけじゃないのさ。公爵夫人が読み上げる女王様の俳句をみんなで聞いて、誉める。ただそれだけのことさ。誉め方が一番良かったものが優勝する」
 それは俳句大会というのだろうか・・・。しかし、この世界でなら、もういちいち驚いていられない気がする。
「そういえば、キミギク公爵夫人が見当たらないようですが、どちらに・・・」
「しいっ!」
 井上ガメは人差し指を口の前に立てた———ようだったが実際はウミガメの手だった。
「実は公爵夫人は切腹を言い渡されたんだよ。立場も弁えず、俳句大会の中止を訴えてね」
「何故・・・? しかも切腹を女子に申し渡すなど、ありえないでしょう」
「いや、もうそれは女王の趣味・・・というか気まぐれだからね。公爵夫人は元々鬼の側で、こちらに協力するようになった捕虜だったんだ。しかし、鬼がいつ攻めてくるかもわからないのに、俳句大会を開催するべきではないと公爵夫人は強硬に・・・」
「俳句大会を始める! 者ども、席に着け!」
 ヒジカタ女王の怒鳴り声が響き、梅園の真ん中に毛氈が敷かれ、一たちは座ることになった。
「サイトー君、公爵夫人の代わりに俳句を読み上げる係をやってくれませんか」
 涼しい顔で頼んできたのはサンナーンだ。眼鏡の奥で赤い眼がきらりと光り、一は寒気がした。
「え、お、俺は・・・」
「記憶が無いんでしょう? ボロを出さないためには、いい手だと思いますよ」
 井上ガメとの会話を聞いていたのだろうか。
 一は渋々女王のそばに行き、『豊玉発句集』と書かれた一冊の帳面が置かれた卓の前に座った。
(これが総司が盗もうとして失敗した句集か・・・)
「サイトー、ちょっと句集を貸せ。さっき思いついた句があるんだ」
 ヒジカタ女王は一から句集を渡されると、筆を執って何やら書き込んだ。
「これをまず最初に出す。読んでくれ」
「は・・・。何々?」
 一は書かれた句に目を通した。
『梅の花 赤でも白でも 梅は梅』
(これは、さっき俺が言った・・・!)
 呆れたのと、句の出来映えに思わず一は笑いを漏らしてしまった。
「サイトー、てめえ今、笑ったな?!」
 はっとすると、女王が鬼のような形相でこちらを睨んでいる。