FATE×Dies Irae 1話―6
「――これはこれは」
セイバー。第五次聖杯戦争、最後のサーバント。
その出現に、同じく英霊たる神父は大仰に目を瞠る。
「いい加減現れる頃合いだとは思っていましたが、よもやこのような形でまみえることになろうとは。――偶然にしてはあまりに出来過ぎている。これも副首領閣下の采配でしょうか? ……いえ、いけませんね。なまじあの方のでたらめさを知っているがゆえに、何かしらの不自然は何でもかんでも結びつけて考えてしまう。我々の悪い癖だ」
悠揚たる物腰とは裏腹に、セイバーを見据える神父の瞳に油断はない。
猛禽のごとき鋭い眼光を眼差しに宿しながらひとしきり何事かを独りごちる神父を、セイバーはつぶさに見定め、値踏みする。
敵は徒手空拳。一見して武に長けているようには見えず、狂化を施されている気配もない。
先程からしきりに鳴り響いている鳴子の音は、おそらくこの工房に張り巡らされた結界によるものだろう。
アサシンやバーサーカーではあり得ない。
三大騎士クラスおよびにライダーという線も薄弱だ。
消去法でいけば可能性としてもっとも高いのはキャスターだが……それにしては敵の落ち着きぶりが気にかかる。
直接的な戦闘力に乏しく、全サーバント中最弱とまで言われているのがキャスターのクラスだ。
仮にもし眼前の神父がそうであったとしたならば、敵対するサーバントとまっこうから対峙しているこの状況は想定しうる限り最悪の展開のはず。
何かしら保身の算段が整っているということか? しかしこの距離だ。どれほど手練れの魔術師であろうと、術を弄する暇などあるまい。
そこまで考え、セイバーはそれ以上の洞察を打ち切った。
現時点では、まだ敵のクラスを見抜くのは不可能だ。これ以上の先入観はかえって仇になりかねない。
「――さて、それはそれとして参りましたね。正直この展開はまったくの想定外だ。もっとも、それについては、まあお互いさまですか。貴女もまさか、いきなりこのような修羅場に喚び出されるなど夢にも思わなかったでしょう?」
場違いなほどに大らかな声。
応じるセイバーの態度は、対照的に剣呑を極めた。
臨戦の気配を漲らせ、抜き身の戦意を隠そうともしない。
「だとしたらどうだと言う?」
眼前の敵(サーバント)と背後の少年(マスター)。
一体いかような経緯をたどり今の状況へといたったのか。
喚び出されたばかりのセイバーには知るよしもなく、また知るまでもないことだ。
状況など関係ない。何がどうあろうとも、為すべきことはただ一つ。
――今度こそ聖杯をこの手に。
だから、
「何も問題はない。敵か味方か。それだけ分かれば十分だ」
言い放ち、不可視の剣を構える。
「やれやれ、勇ましいことですね。しかし、まあその意見はごもっとも。ええ、確かに何も問題などありません。こちらにとってもこの状況、不測であっても不都合ではなし。何せ敵対するマスターの素性を労無く掴むことができたのですからね」
「そうか。ならばなおのことこのまま帰すわけにはいかない!」
言下、繰り出されたセイバーの一刀が戦いの火蓋を切って落とした。
袈裟がけに奔り抜けた剣閃が、過たず神父の肩口に吸い込まれる。
直撃を受けた神父の巨躯は凄まじい勢いで土蔵を飛び出し、ごみくずのように地面を跳ね飛んだ挙句、屋敷を囲う土壁と半ばまで砕いてようやく止まった。
後を追い、すかさず外へと飛び出すセイバー。追撃はしかけない。距離を置き、鋭い視線をそそぐその先で、神父は僧衣にかかった粉塵を払いのけながら、まるで何事も無かったかのように、のっそりと立ち上がる。
「いやはや何とも。仮にも英霊。見目麗しいだけの少女だなどと油断していたつもりはありませんが、まさかこれほどとは……。凄まじい剣圧だ。カインにも引けをとらない。流石、最良のサーヴァントと謳われるだけのことはある」
「…………」
手放しの賛辞に対し、セイバーは厳しげに口元を引き結び押し黙る。
先の一撃。確かにまともに入っていた。だが佇立する神父の身体には傷一つ無く、その僧衣にはほつれ一つ見当たらない。
振り下ろされた聖剣の斬閃を、目の前の神父は防ぐでも躱すでもなく、身一つで苦も無く弾いて見せたのだ。
風王結界に覆われ、その真価を十全に発揮しえない状態にあるとはいえ、不可視の刃の切れ味は並みの聖剣魔剣がおよぶ域ではない。
マスターたる少年からの魔力供給がほとんどなく、万全には程遠い状態のセイバーではあったが、それを踏まえてもなおこの状況はあまりにも異様だった。
ゆえに、
「……宝具か」
「ご名答。〈黄金聖饗杯(ハイリヒ・エオロー)〉――この肉体こそが私の宝具です。副首領閣下によって幾重にも施された魔術防壁にくわえ、器そのものが誇る破格の強度。いかに伝説に謳われし英雄英傑と言えど、生半な攻撃では突破はおろか傷一つつけることはかないません」
告げる神父に驕った様子は微塵もなく、その物腰こそが何よりも雄弁に不動の自信を物語った。
「かく言う貴女の宝具はその剣ですか? ――見えない剣。ふむ、そのような逸話をもつ英雄、寡聞にして心当たりはありませんが……。それとも、あまりに有名ゆえにあえて隠しておられるのか。まあ、よろしい」
「!」
瞬間、神父が動いた。
音も無く、滑るように間合いを詰める。
猛然と放たれる掌打の嵐を、受けとめ、逸らし、掻いくぐるセイバー。
遅い。軽い。どうやら心得程度はあるようが、武人としての神父の実力は、当初の見立てどおり決して高いと言えるレベルではない。
避けることは造作もなく、仮にまともに受けたとて大した痛手は被るまい。
それだけを見極めて、反撃へと転じるセイバー。
打撃と斬撃がめまぐるしく交錯し、辺りはたちどころに暴力の巷へと変貌を遂げる。
「――無駄ですよ」
おびただしく閃く斬光のことごとくをその身に浴びながら、神父は依然涼しげな笑みを崩さない。
「私と対峙した敵が取り得る手段は大別して二つ。すなわち攻撃を散らし急所をさぐるか、あるいは束ねて突破を図るか。あなたの狙いもおおよそその辺りでしょうが、生憎その程度の浅知恵で砕き得るほど聖饗杯はやわではない。気迫、剣圧――なるほど、申し分ない。しかし惜しむらくかな。宝具そのものの霊格があまりにも足りない。残念ながら、かような鈍刀(なまくら)ではたとえ億撃重ねたとて私の命には届きません」
「そうか――ならば!」
跳躍。
迫る回し蹴りを飛び越え、天高く身を躍らせる。
「はあああああああ!」
握りしめた聖剣を大上段に振りかぶり、裂帛の気勢を上げ、斬りかかるセイバー。
神父は腰だめに腕を引き絞り、カウンターの構えでそれを迎え撃つ。
「ストライク・エア(風王鉄槌)!」
「!?」
文字通りの爆風と魔力放出、そして全体重を上乗せした渾身の一太刀。
突然の加速にタイミングを外された神父は為す術も無かった。
あらわとなった刀身は燦然たる光輝をみなぎらせ、難攻不落の黄金の牙城を深々と切り崩す。
鎖骨を断ち割り、胸を抉り、神父の身体を両断せんと聖剣はなおも突き進――
「――ふん!」
「――!? くっ……!」
セイバー。第五次聖杯戦争、最後のサーバント。
その出現に、同じく英霊たる神父は大仰に目を瞠る。
「いい加減現れる頃合いだとは思っていましたが、よもやこのような形でまみえることになろうとは。――偶然にしてはあまりに出来過ぎている。これも副首領閣下の采配でしょうか? ……いえ、いけませんね。なまじあの方のでたらめさを知っているがゆえに、何かしらの不自然は何でもかんでも結びつけて考えてしまう。我々の悪い癖だ」
悠揚たる物腰とは裏腹に、セイバーを見据える神父の瞳に油断はない。
猛禽のごとき鋭い眼光を眼差しに宿しながらひとしきり何事かを独りごちる神父を、セイバーはつぶさに見定め、値踏みする。
敵は徒手空拳。一見して武に長けているようには見えず、狂化を施されている気配もない。
先程からしきりに鳴り響いている鳴子の音は、おそらくこの工房に張り巡らされた結界によるものだろう。
アサシンやバーサーカーではあり得ない。
三大騎士クラスおよびにライダーという線も薄弱だ。
消去法でいけば可能性としてもっとも高いのはキャスターだが……それにしては敵の落ち着きぶりが気にかかる。
直接的な戦闘力に乏しく、全サーバント中最弱とまで言われているのがキャスターのクラスだ。
仮にもし眼前の神父がそうであったとしたならば、敵対するサーバントとまっこうから対峙しているこの状況は想定しうる限り最悪の展開のはず。
何かしら保身の算段が整っているということか? しかしこの距離だ。どれほど手練れの魔術師であろうと、術を弄する暇などあるまい。
そこまで考え、セイバーはそれ以上の洞察を打ち切った。
現時点では、まだ敵のクラスを見抜くのは不可能だ。これ以上の先入観はかえって仇になりかねない。
「――さて、それはそれとして参りましたね。正直この展開はまったくの想定外だ。もっとも、それについては、まあお互いさまですか。貴女もまさか、いきなりこのような修羅場に喚び出されるなど夢にも思わなかったでしょう?」
場違いなほどに大らかな声。
応じるセイバーの態度は、対照的に剣呑を極めた。
臨戦の気配を漲らせ、抜き身の戦意を隠そうともしない。
「だとしたらどうだと言う?」
眼前の敵(サーバント)と背後の少年(マスター)。
一体いかような経緯をたどり今の状況へといたったのか。
喚び出されたばかりのセイバーには知るよしもなく、また知るまでもないことだ。
状況など関係ない。何がどうあろうとも、為すべきことはただ一つ。
――今度こそ聖杯をこの手に。
だから、
「何も問題はない。敵か味方か。それだけ分かれば十分だ」
言い放ち、不可視の剣を構える。
「やれやれ、勇ましいことですね。しかし、まあその意見はごもっとも。ええ、確かに何も問題などありません。こちらにとってもこの状況、不測であっても不都合ではなし。何せ敵対するマスターの素性を労無く掴むことができたのですからね」
「そうか。ならばなおのことこのまま帰すわけにはいかない!」
言下、繰り出されたセイバーの一刀が戦いの火蓋を切って落とした。
袈裟がけに奔り抜けた剣閃が、過たず神父の肩口に吸い込まれる。
直撃を受けた神父の巨躯は凄まじい勢いで土蔵を飛び出し、ごみくずのように地面を跳ね飛んだ挙句、屋敷を囲う土壁と半ばまで砕いてようやく止まった。
後を追い、すかさず外へと飛び出すセイバー。追撃はしかけない。距離を置き、鋭い視線をそそぐその先で、神父は僧衣にかかった粉塵を払いのけながら、まるで何事も無かったかのように、のっそりと立ち上がる。
「いやはや何とも。仮にも英霊。見目麗しいだけの少女だなどと油断していたつもりはありませんが、まさかこれほどとは……。凄まじい剣圧だ。カインにも引けをとらない。流石、最良のサーヴァントと謳われるだけのことはある」
「…………」
手放しの賛辞に対し、セイバーは厳しげに口元を引き結び押し黙る。
先の一撃。確かにまともに入っていた。だが佇立する神父の身体には傷一つ無く、その僧衣にはほつれ一つ見当たらない。
振り下ろされた聖剣の斬閃を、目の前の神父は防ぐでも躱すでもなく、身一つで苦も無く弾いて見せたのだ。
風王結界に覆われ、その真価を十全に発揮しえない状態にあるとはいえ、不可視の刃の切れ味は並みの聖剣魔剣がおよぶ域ではない。
マスターたる少年からの魔力供給がほとんどなく、万全には程遠い状態のセイバーではあったが、それを踏まえてもなおこの状況はあまりにも異様だった。
ゆえに、
「……宝具か」
「ご名答。〈黄金聖饗杯(ハイリヒ・エオロー)〉――この肉体こそが私の宝具です。副首領閣下によって幾重にも施された魔術防壁にくわえ、器そのものが誇る破格の強度。いかに伝説に謳われし英雄英傑と言えど、生半な攻撃では突破はおろか傷一つつけることはかないません」
告げる神父に驕った様子は微塵もなく、その物腰こそが何よりも雄弁に不動の自信を物語った。
「かく言う貴女の宝具はその剣ですか? ――見えない剣。ふむ、そのような逸話をもつ英雄、寡聞にして心当たりはありませんが……。それとも、あまりに有名ゆえにあえて隠しておられるのか。まあ、よろしい」
「!」
瞬間、神父が動いた。
音も無く、滑るように間合いを詰める。
猛然と放たれる掌打の嵐を、受けとめ、逸らし、掻いくぐるセイバー。
遅い。軽い。どうやら心得程度はあるようが、武人としての神父の実力は、当初の見立てどおり決して高いと言えるレベルではない。
避けることは造作もなく、仮にまともに受けたとて大した痛手は被るまい。
それだけを見極めて、反撃へと転じるセイバー。
打撃と斬撃がめまぐるしく交錯し、辺りはたちどころに暴力の巷へと変貌を遂げる。
「――無駄ですよ」
おびただしく閃く斬光のことごとくをその身に浴びながら、神父は依然涼しげな笑みを崩さない。
「私と対峙した敵が取り得る手段は大別して二つ。すなわち攻撃を散らし急所をさぐるか、あるいは束ねて突破を図るか。あなたの狙いもおおよそその辺りでしょうが、生憎その程度の浅知恵で砕き得るほど聖饗杯はやわではない。気迫、剣圧――なるほど、申し分ない。しかし惜しむらくかな。宝具そのものの霊格があまりにも足りない。残念ながら、かような鈍刀(なまくら)ではたとえ億撃重ねたとて私の命には届きません」
「そうか――ならば!」
跳躍。
迫る回し蹴りを飛び越え、天高く身を躍らせる。
「はあああああああ!」
握りしめた聖剣を大上段に振りかぶり、裂帛の気勢を上げ、斬りかかるセイバー。
神父は腰だめに腕を引き絞り、カウンターの構えでそれを迎え撃つ。
「ストライク・エア(風王鉄槌)!」
「!?」
文字通りの爆風と魔力放出、そして全体重を上乗せした渾身の一太刀。
突然の加速にタイミングを外された神父は為す術も無かった。
あらわとなった刀身は燦然たる光輝をみなぎらせ、難攻不落の黄金の牙城を深々と切り崩す。
鎖骨を断ち割り、胸を抉り、神父の身体を両断せんと聖剣はなおも突き進――
「――ふん!」
「――!? くっ……!」
作品名:FATE×Dies Irae 1話―6 作家名:真砂