二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

月と吸血鬼と

INDEX|1ページ/4ページ|

次のページ
 
電子音が響いて枕元に手を伸ばす。べちんと時計を叩いて時間を確認すると針は十時を指している。
 スムーズというなまけもの機能を利用して二度寝をしようという誘惑にとらわれたが、頭の奥にずきんと鈍い痛みがあり、それが覚醒につながった。口に指を突っ込むと予想通りの感触。
 ベッドから飛び降りてカーテンを開いた。
 冬の闇夜に輝くお月様。夜の生き物が目を覚まして活発になる時間だ。さあ食事にしよう。




 マンションを出て、大通りの脇にある細い道に入ったところに俺のバイト先はある。
 ビルの一階は立ち飲み屋で、二階はきれいな片言台湾お姉さんがたくさんいるマッサージ店。その上がネットカフェ『ナミモリ』だ。
「店長、こんばんは」
「ツナ君、こんばんは。今日も寒いねえ。そんな格好で風邪引くよ」
「あ、自宅が近いものでつい」
 ジャケットも着ないで薄い長袖のシャツ一枚で外からやってきた俺に店長を驚いた顔をする。
 すでに外の気温は一桁の十二月。
 いつもは周囲の目を気にして必要もない厚着をするものの、今日はつい食欲で頭がいっぱいで気が抜けてしまっていた。
「そうそう、今日も来ているよ」
「またですか」
「仲良しだねえ」
 カウンターからにこにこと人の良い笑顔をする店長に俺は引きつった顔で「そうですね」と頷くしかない。
 繁華街に近い、小さなビルの三階にネットカフェを開き、高校中退夜型フリーターという若者を雇ってくれるこの壮年にさしかかっている店長はたいへんまっとうな神経の持ち主で、ストーカーとかいわゆる変態全般にたいする知識が少ない。特に男が男にストーカーをするなんていうのは想像したこともないだろう。
 常連の男性客三人の狙いがマンガやネットではなく俺であり、会計のとき釣り銭を渡す手を撫で回し、清掃中にブースに連れ込まれて押し倒そうとしていることなんて、まったく気づいていない。
 その全身にじんましんが出そうな状況を訴えないのは俺にも理由がある。
「店長、じゃあちょっと掃除してきます」
「はい。よろしくね」
 客が使い終わったブースのゴミを捨て、消毒をするのは俺たちバイトの仕事だ。
 洗剤や雑巾を放り込んだバケツを手に持ち、階段を上り、フロアの奥に移動する。
 突然ぬっと腕が伸び、手を引っ張られてブースに連れ込まれる。
 そこには俺のストーカーのひとり、通称「肉君」が頬を染めながら、その名にふさわしい巨体をもじもじさせていた。
 いつもは「お客様、ただいま清掃中ですので」など言って腕を振り払うところだけれど、今日はなるべく優しそうな微笑みを顔に貼り付けながら「どうしました?」と尋ねる。俺に見つめられるのがよほど嬉しいのか口元を緩めて来たところで、俺は人には聞こえない周波数の音で『眠れ』と命令した。
 次第に肉君の厚ぼったいまぶたが降りてくる。数十秒後、リクライニングチェアにはすやすやと寝こける男性客のできあがり。
「いつも悪いね」 
 くわっと口を広げ、長く伸びた歯を露出させ、無防備な首元へと突き立てた。




 歯が縮んだのを指で確認して、ブースの扉を閉めた。肉君は暗示が効いているのでまだ夢の中だ。
 これが痴漢行為を訴えられない俺の切実な問題。
 名前は沢田綱吉。愛称はツナ。職業フリーター。種族は吸血鬼。姿は人間そっくりですが人外をやっています。
 日の光を浴びたら焦げてしまうし、ニンニクも食べられない。十字架は好きではないけれど、世間一般のアクセサリーは信仰心が含まれてないのでだいたい平気。
 食物は血液。一応、人間の食い物も食べられるが栄養にはならない。嗜好品というやつだ。
 この血液をどうやって摂取しているかというと、職場であるネットカフェのお客様だ。ほんとうはかわいい女の子がいいのだけれど、外見も中身も平均的。夜のネットカフェで働き、ときおりコンビニで立ち読みし、やっぱりネットカフェでDVD鑑賞やマンガを読むだけの毎日では出会いも何もない。なにより男性のほうが警戒心なく近寄れる。
 ただ問題なのは俺の周囲には同性ストーカーが多いということだ。
 俺のどこをいつの間に気に入ったのか、職場に通い、出入口で待ち伏せ、自宅までストーカー。郵便物はすべて抜き取られるという有り様。
 前に住んでいたオンボロマンションではピッキング技術をマスターしたストーカーに勝手に上がり込まれたあげく、タンスから下着をごっそり盗まれ、代わりに万札が一枚置いてあったことがあった。
 俺は一応吸血鬼なので空を飛んだり、人の頭を握りつぶせるほどの腕力や、短時間ではあるが精神を操る術を持っていたりする。しかし変態には免疫がなく田舎から出てきたばかりの頃は「人間こわい」と身の毛がよだち、ひきこもりになりかけた。
 女の子にされてもこわいけど、よりにもよって男。しかも複数。
 仲間からみても人間からみても真っ当な神経の人たちは俺のことを平々凡々とした顔と評価するのに、なぜか一部の特殊な嗜好の人間にはもてまくり。
 それでもバイトをやめられないのはやっぱり俺が吸血鬼であるがゆえだ。警戒心がないほう人間のほうが暗示にかかりやすいので、変態はこわいけれど栄養補給のためにバイトは続けている。あと生活費。これ切実。




 今日はご近所の松屋の牛丼とガストのハンバーグが大好きなコレステロールたっぷりの「肉君」の血を味わい、満腹とはいわないがそれなりに満足する。
 他にも回転寿司大好き「サカナ君」とラーメン食べ歩き大好き「ラーメン君」がいるため、交互にいただいている。ベジタリアンがいないのでやや野菜味が不足ぎみだ。
 食事とともにきっちり清掃を済ませてカウンターに戻ると店長が奥から細長い箱を持ってきた。
「そういえば、ツナ君に渡してほしいって荷物預かったよ」
 当然だが田舎からでてきた俺に連絡もなく訪ねてきて、バイト先に荷物を預ける知人はいない。
「そういうのは断ってください……」
 げんなりしながら言うと「なんで?」と善良な店長は首を傾げる。このひとには仲の良い客が差し入れを持ってきたように見えているのだろう。
 諦めながら受け取ると、それは包装紙もない古びた細長い木箱だった。箱は小さいけれどずしりと重い。お菓子などのかわいらしいものではないことは確かだ。
 覚悟を決めて蓋を外して、中身を見て息を飲んだ。
 そこには濃い緑のワインボトルがあった。
 なかには色はわからないが黒く見える液体。ラベルはなく、コルクも蝋で固められているが吸血鬼の嗅覚ではわかる。これは人間の血液だ。しかも極上。
 勢いよく蓋を閉めて、慌てて休憩室に駆け込み、自分のロッカーに放り込む。
 さっき栄養補給をしたばかりだというのに目眩でくらくらしてきた。
 いったい誰が。と思いたいところだけれど、ひとり心当たりがあった。
「店長、これ置いていったひとっていつものお客さんでした?」
 カウンターでレジのチェックをしている店長に尋ねると「そういえば初めてのお客さんだなあ。フードを被っていたから顔はよくわからなかったけれど」と返ってくる。「ファンが多いね」と笑われた。
 いつもの常連なら顔を隠していても声で店長もわかるはずだ。ということはやっぱりあの男が来たのだろう。

作品名:月と吸血鬼と 作家名:るーい