スラップスティックハレイション
*前半一部抜粋
何がツボだったのか、陽介は全開の笑みを浮かべて相棒の、一見して表情を変えていない顔を覗き込んでいる。
辺りには奇妙な沈黙が落ちた。
傍らから見ていると微妙な緊張感ともいえる空気が不審に映ったかもしれないが、本人たちはそんな事もつゆ知らず。ただ、先にその沈黙に耐えられなかったのは珍しくもいつも冷静が身上のリーダーの方だった。
「……何、」
「相棒、今照れてる?」
取りあえず無難に気を逸らそうした瞬間に投げかけてこられた剛速球に直撃され、月森はゆっくりと俯いた。
「…お前な…」
「いいじゃん。素直に期待されてるの喜んどけば」
だから今盛大に喜んでいるつもりなんだけど。
基本的に表情筋が固いのは自覚している。これでも以前に比べればだいぶ緩んだ方だが。けれど今度はむやみやたらと恥ずかしくなってきて。今度こそテーブルに額を付けて突っ伏せば、からからと笑い飛ばして、陽介はポン、と柔らかい手つきで微動だにしない月森の頭を撫でた。
「だから、いーじゃん、家族なんだし。前に菜々子ちゃんに遠慮されるのちょっと寂しいつってたろ?」
「聞いても、あんまり何も欲しがってくれないからな…」
菜々子に欲しいものや食べたいものを聞いても、何でも好きだ、嬉しいと言ってくれる。けれど、どうせなら好きなものをあげたいのだ。作るのも、買うのでも。それで笑ってくれればいい。
けれど、一旦我慢することを憶えてしまったあの子は自分の望みをあまり口にしてくれないから。
「あんな小さいのになぁ。でもこれはきっとそのうちリクエストしてくれるよ。欲しいの?って聞いたら、まだあるからいいの、って言ってたし。…でもまさかお前のお手製ジャムに化けるブツだとは思わなかったけど」
漸く知った、遠慮がちな従妹の好きなもの。食べたいもの。それがやっと自分の手であげられる。
「良かったな、相棒」
何が楽しいのかは知らないが、やたらとテンションの高い参謀殿はわさわさと勝手に人の頭を撫でまわしている。そこで止めろと言えば良かったのだが、ちょっと何か色々胸がいっぱいで。
いつまで混ぜてる気だとか、何で我が事のように喜んでるんだとか、色々つっこみたい事はあったが、何一つ言葉にならずに、月森は今はすべて自分の中に沈めて目を閉じた。
「しっかし、面白いよなー」
「何が」
流石にいつまでも子供に対するみたいな扱いをされているのが癪に障ったのか、身体を起こして手の届かない所まで下がれば、陽介は少しばかり残念そうな表情を浮かべた。どうやらまだ構う気は満々らしい。いっそもうそろそろ誰か他の面子が乱入しないかと、月森はちらりとフードコートの出入り口に視線を投げたが、残念ながらその気配もない。
「お前、さっきのみたいに時々すんごい些細な事で地味に喜んでるから。今まであんまりそういうのなかったのかなって」
「人をコミュ症みたいに…」
訂正。こんな風に言われるのなら、誰もいなくてよかった。
月森は憮然した表情で返したが、陽介のその台詞に何か他意や悪意があるわけではない。それは判っている。どちらかといえば陽介の指摘はある意味では正解だった。
八十稲羽に来てから、色々な面で随分変わったと思う。しかも驚くほど短い間に。恐らくこの春まで過ごしていた場所の、かつての自分を知る者たちからすれば双子の何かでもいるのかと疑われるだろうレベルで。
基本的に当たり障りなく、人と深く付き合うということをしてこなかった。両親の仕事の関係上、一所に長期間留まる事がなかったのも原因の一つではあったかもしれないが、どちらかというとそういった人との関わり事に積極性を持たなかったというか。人に対する興味や執着心が薄かったともいえるかもしれない。
一人なら一人で平気だったのに、今は皆で集って賑やかにしているのが楽しい。
確実に月森自身をそんな風に変えてしまった一番の元凶は目の前にいるけれど、よく考えてみればまだその彼とすら、出会ってまだ3カ月も経っていない。だというのに何だろうか、特にこの2か月くらいの密度の濃い事。
しかもその間に色々仕出かしてきたのは、何処に出しても恥ずかしい青い春そのもので。
……物心ついた頃からおっとりだマイペースだなんだと言われ続けてきていた筈なのだが、意外に勢いに乗せられやすい性質なのかもしれない。自分でも意外だが。
しかしまだまだこのネタを続行する気なのか、にやにやと笑う陽介に、いい加減反撃したくなってきた。寛容さはまだ低い。ちなみにある意味自爆技でもあるのだが、背に腹は代えられない。
「…お前だけだって言った癖に」
「へ?」
「花村だってこんなマジな話出来るのお前だけだ、とか何とか言ってただろ」
茶色い丸い目が僅かに瞠られて、さぁ照れろ、と続きのリアクションを待っていれば、いつかに自分の言った事だと思い出したのか、陽介はへらりと笑ってあっさりとそだな、と同意した。あろうことか。
「何か前は上辺だけでも当たり障りなくその時楽しくやれたらいいやって思ってたけど、今は違うな。お前といると変な見栄張らなくていいし、無理に話題合わせなくってもいいし、何かこう、いい感じに力抜けるっての?」
「……。」
ちょっと、どうしようか。変則サーブを打ったはずが普通に直球でスパイク返ってきた。
何がツボだったのか、陽介は全開の笑みを浮かべて相棒の、一見して表情を変えていない顔を覗き込んでいる。
辺りには奇妙な沈黙が落ちた。
傍らから見ていると微妙な緊張感ともいえる空気が不審に映ったかもしれないが、本人たちはそんな事もつゆ知らず。ただ、先にその沈黙に耐えられなかったのは珍しくもいつも冷静が身上のリーダーの方だった。
「……何、」
「相棒、今照れてる?」
取りあえず無難に気を逸らそうした瞬間に投げかけてこられた剛速球に直撃され、月森はゆっくりと俯いた。
「…お前な…」
「いいじゃん。素直に期待されてるの喜んどけば」
だから今盛大に喜んでいるつもりなんだけど。
基本的に表情筋が固いのは自覚している。これでも以前に比べればだいぶ緩んだ方だが。けれど今度はむやみやたらと恥ずかしくなってきて。今度こそテーブルに額を付けて突っ伏せば、からからと笑い飛ばして、陽介はポン、と柔らかい手つきで微動だにしない月森の頭を撫でた。
「だから、いーじゃん、家族なんだし。前に菜々子ちゃんに遠慮されるのちょっと寂しいつってたろ?」
「聞いても、あんまり何も欲しがってくれないからな…」
菜々子に欲しいものや食べたいものを聞いても、何でも好きだ、嬉しいと言ってくれる。けれど、どうせなら好きなものをあげたいのだ。作るのも、買うのでも。それで笑ってくれればいい。
けれど、一旦我慢することを憶えてしまったあの子は自分の望みをあまり口にしてくれないから。
「あんな小さいのになぁ。でもこれはきっとそのうちリクエストしてくれるよ。欲しいの?って聞いたら、まだあるからいいの、って言ってたし。…でもまさかお前のお手製ジャムに化けるブツだとは思わなかったけど」
漸く知った、遠慮がちな従妹の好きなもの。食べたいもの。それがやっと自分の手であげられる。
「良かったな、相棒」
何が楽しいのかは知らないが、やたらとテンションの高い参謀殿はわさわさと勝手に人の頭を撫でまわしている。そこで止めろと言えば良かったのだが、ちょっと何か色々胸がいっぱいで。
いつまで混ぜてる気だとか、何で我が事のように喜んでるんだとか、色々つっこみたい事はあったが、何一つ言葉にならずに、月森は今はすべて自分の中に沈めて目を閉じた。
「しっかし、面白いよなー」
「何が」
流石にいつまでも子供に対するみたいな扱いをされているのが癪に障ったのか、身体を起こして手の届かない所まで下がれば、陽介は少しばかり残念そうな表情を浮かべた。どうやらまだ構う気は満々らしい。いっそもうそろそろ誰か他の面子が乱入しないかと、月森はちらりとフードコートの出入り口に視線を投げたが、残念ながらその気配もない。
「お前、さっきのみたいに時々すんごい些細な事で地味に喜んでるから。今まであんまりそういうのなかったのかなって」
「人をコミュ症みたいに…」
訂正。こんな風に言われるのなら、誰もいなくてよかった。
月森は憮然した表情で返したが、陽介のその台詞に何か他意や悪意があるわけではない。それは判っている。どちらかといえば陽介の指摘はある意味では正解だった。
八十稲羽に来てから、色々な面で随分変わったと思う。しかも驚くほど短い間に。恐らくこの春まで過ごしていた場所の、かつての自分を知る者たちからすれば双子の何かでもいるのかと疑われるだろうレベルで。
基本的に当たり障りなく、人と深く付き合うということをしてこなかった。両親の仕事の関係上、一所に長期間留まる事がなかったのも原因の一つではあったかもしれないが、どちらかというとそういった人との関わり事に積極性を持たなかったというか。人に対する興味や執着心が薄かったともいえるかもしれない。
一人なら一人で平気だったのに、今は皆で集って賑やかにしているのが楽しい。
確実に月森自身をそんな風に変えてしまった一番の元凶は目の前にいるけれど、よく考えてみればまだその彼とすら、出会ってまだ3カ月も経っていない。だというのに何だろうか、特にこの2か月くらいの密度の濃い事。
しかもその間に色々仕出かしてきたのは、何処に出しても恥ずかしい青い春そのもので。
……物心ついた頃からおっとりだマイペースだなんだと言われ続けてきていた筈なのだが、意外に勢いに乗せられやすい性質なのかもしれない。自分でも意外だが。
しかしまだまだこのネタを続行する気なのか、にやにやと笑う陽介に、いい加減反撃したくなってきた。寛容さはまだ低い。ちなみにある意味自爆技でもあるのだが、背に腹は代えられない。
「…お前だけだって言った癖に」
「へ?」
「花村だってこんなマジな話出来るのお前だけだ、とか何とか言ってただろ」
茶色い丸い目が僅かに瞠られて、さぁ照れろ、と続きのリアクションを待っていれば、いつかに自分の言った事だと思い出したのか、陽介はへらりと笑ってあっさりとそだな、と同意した。あろうことか。
「何か前は上辺だけでも当たり障りなくその時楽しくやれたらいいやって思ってたけど、今は違うな。お前といると変な見栄張らなくていいし、無理に話題合わせなくってもいいし、何かこう、いい感じに力抜けるっての?」
「……。」
ちょっと、どうしようか。変則サーブを打ったはずが普通に直球でスパイク返ってきた。
作品名:スラップスティックハレイション 作家名:みとなんこ@紺