スラップスティックハレイション
*後半抜粋
「いッて! ちょ、お前起き抜けに何すんの!」
「ああ、悪い。おはよう、陽介」
「おう…? おはよ」
呑気に挨拶を交しながらも月森はずっと目の前の花村陽介を観察し続けていた。
そもそもこれは月森の見ている夢のはずだ。だから彼も、自分の意識だが無意識だかが形作った、陽介の姿をした何か、のはずなのだが。
「なあ、相棒。俺、昨日お前んち行ったっけ…?」
ていうか、何でまた霧? あいつ倒したんじゃなかったっけ?と辺りをキョロキョロと見回しながら問うてくるのは、どう見ても本人ぽい。
もしかしてこれはあれだろうか。夢で逢えたら的な。もしくは陽介の意識を無意識にこちらへ引き摺りこんでしまった、とか。
…そういえばクマをベルベットルームへ迎え入れたりと似たような事はこれまでもあったけれど。
そこまでして陽介と話したかったのだろうかと自分の意識に戦慄しつつ、内心の動揺をなんとか押し隠して、月森は陽介に向き直った。
「昨日深夜まで棚卸だって言ってただろ」
「そうそう。さっき帰ってきたとこで風呂入って部屋でぶっ倒れたはずなんだけど。――――なぁ、これ夢?」
「俺は俺の夢だと思ってるけど」
「いやそりゃ俺もそうだけど。あー…何か本当の月森っぽいな、お前」
「本人だって」
「ああ、うん。夢でもまぁいいや」
そう言って陽介は人の顔を見てへらりと笑った。
「ここしばらくお互い忙しくって学校以外で会えなかったからさ。夢でもこうやって会えんのって嬉しいな」
「…陽介…」
「……お前とさ、こうしてられるのもあともう数えるくらい、なんだし」
ゆっくりと続いた言葉とその表情に、月森はひゅっと息をのみこんだ。
現実では、誰かの目のある所では、彼はそんな風に寂寥を滲ませることも、哀しみを感じさせるような事もいままでけして口にしなかった。そんな風に辛そうに目を伏せる事も。
皆に間に落ちるしんみりとした空気を破り、前向きに、明るい方へと空気を塗り替えるのはいつだって彼だったのに。
ああ。
「――――帰りたくない…」
「え?」
燻っていたものが一気に形になって溢れそうだ。
ずっと何処かに抱えこんで、抑えていたものが自分の中で渦巻いている。そうだ。これをずっと話したいと思ってた。
「なぁ、お前今なんて、」
「…陽介、やっぱりこれ、確実に俺の夢だ」
「は?」
「俺に都合の良い事ばっかり」
「…月森?」
覗き込んでくる陽介の顔を見れずに月森は目を伏せた。口元には自嘲的な笑みを刻む。
別れは変えられない。大事な絆を結んだ皆の笑顔を曇らせたくはない。
だからいつも空気を塗り替えてくれる陽介には感謝していたのだけれど。
離れても平気だと彼が笑うたびに、この別れを辛いものだと捉えているのが自分だけのような気がしてならなかった。
なのに今、彼は今まで一度も見せなかった表情で寂しそうに笑う。本当は見たくない筈のその笑顔に、心の何処かが暗く喜んでいる。
最低だ。
「あー…まずい、もう俺シャドウでそう…」
流石に直視出来なくて片手で目元を覆って低く唸れば、流石に聞き捨てならない台詞だったか、先ほどまでの寂寥感を何処へやったのか、見事な瞬発力で詰め寄られた。
「うぉい!どさくさまぎれに何言ってんの!やめてそんなもん出さないで! おま、今自分レベルいくつだと思ってんの!?」
「え、つっこむ所そこ?っていうかレベル? たぶん陽介と同じ」
「それは知ってますー!てかLv90越えのお前のシャドウなんて面倒みてられっか!!」
「えー…最初お前のシャドウ相手に俺頑張ったのに」
しかも殆ど右も左も判らないような初戦で。
「いやいやいや、そこは感謝してるけども。お前の戦法結構えぐかったらしいからね? ていうか、あれとこれ対価っておかしくね?」
ほんとマジ勘弁。と本気で嫌がっているのが、今度は楽しくなってきた。緊張感も、寂寥感も、不安や自分自身への不信、何かもすべて一気に消し飛ばされていく。
あまりにも如何とも言い難い表情を向けてくるのに思わず噴き出せば、そこでようやく陽介の表情もつられたように緩んだ。
先ほどまでの深刻さは何処かへ消し飛ばされた。まだ先の見えない霧の中で2人、寄り添うように座り込んでしまって、一頻り笑いあう。
「なんかもうお前ほんっとそーゆーのいいから。びっくり箱みたいなの勘弁して。俺着いてくので精一杯だから」
「そんなトリッキーな仕込みはしてないつもりだけど。そういうの、陽介の専売特許だろ」
「俺の? 何で?」
「そこで何で無自覚なのかがわからない…」
(略
作品名:スラップスティックハレイション 作家名:みとなんこ@紺