ゆびきり
子供の頃の話だ。
オレの親父は庭師をしている。その雇い主である犬神家の一人娘鏡子と、犬神家のコックの娘サラ、それにオレの三人で犬神邸庭園の広い芝生で三角パスをしていた。子供用のバレーボールは使い込まれてはいたけれど汚くはなかった。鏡子はアレルギー持ちなうえ喘息だから遊び終わる度にサラがボールをきれいに拭いていたから。
「あなた達、バレーボールは楽しい？」
声の方向には奥様――鏡子の母親が立っていた。三角パスは中断され、ボールはサラの腕の中に納まった。
楽しい、と即答した鏡子とオレとは逆に、サラはボールを見るように俯いて浮かない顔をしている。サラの身の上話はサラと母親がこの屋敷に来た頃にうちの両親づてに聞いていた。有名な学校のバレーボール監督だったサラの父親は酒に呑まれては家庭内暴力を繰り返し、それに耐えかねたサラの母親が娘を連れて旧友を頼って家出してきた、と。
「わたしには、これしかできることがありませんから」
俯きながら力なくそう答えるサラの肩を鏡子が掴んだ。
「なに言ってるの、サラがいてくれなきゃ困ること、いーっぱいあるんだから」
拗ねるように言う鏡子を見ながら奥様が微笑んだ。
「これしかできない、じゃなくて、これができる、なのよ。鏡子も、サラも、雲海君も。出来ることを伸ばしていけば、他に出来ることだっていっぱいあるの」
「じゃあお母様、バレーができたらサラのお父さんを倒せる？」
「お嬢」
奥様のきょとんとした顔もサラの制止も構わず鏡子が続けた。
「サラとミラさん泣かせて自分は平気で好きな事しかしないなんて不公平だわ。参りましたって言うまでコテンパンに負かしてやりたいの」
いつにない鏡子の強い口調に当惑したような表情のサラとは裏腹に、奥様は何かを思いついたようににやりと笑った。
「そうね。サラ、バレーでお父様を倒しなさい。鏡子はそのために体をもっと強くなさい。いいわね」
「オレも！ オレも親父倒す！ 勉強しねーなら庭師継げってうっさいし、球遊びでメシなんか食えねーとかムカつく！」
手を挙げたオレに対してなぜか奥様は困ったような微笑みを浮かべたが、すぐにまたさっきのようににやりと笑った。
「野望を持つのはいいことよ。お父様を倒して、越えていきなさい」
「よっしゃー！」
オレはガッツポーズをして天を仰ぎ、戻した視界の中では鏡子が小指を出していた。
「私たちみんな同じ目標持ってるから、ずっと一緒にいようね。約束！」
サラが当惑混じりながらもようやくにこっと笑って小指を出した。
「三人で指切りってどうすんだよ」
ぶつぶつ言いながらもオレは既に鏡子とサラが絡めた小指をまとめるように小指を絡めた。
「三人ずーっと一緒、うそついたら針千本のーますっ、ゆーび切った！」
子供の頃の他愛無い誓いだ。ずっと一緒などないとその時オレには既に分かっていた。
犬神家の本家である三國家、その長男である智之と鏡子を婚約させようと奥様が工作しているのは他の使用人の噂の端に上っていたし、そうなればずっと一緒になんていられるわけがない。百歩譲ってサラを一緒に連れて行くことはできるかもしれないがオレは無理だ。
その確信は高校三年になった今でもずっと続いていた。
オレの親父は庭師をしている。その雇い主である犬神家の一人娘鏡子と、犬神家のコックの娘サラ、それにオレの三人で犬神邸庭園の広い芝生で三角パスをしていた。子供用のバレーボールは使い込まれてはいたけれど汚くはなかった。鏡子はアレルギー持ちなうえ喘息だから遊び終わる度にサラがボールをきれいに拭いていたから。
「あなた達、バレーボールは楽しい？」
声の方向には奥様――鏡子の母親が立っていた。三角パスは中断され、ボールはサラの腕の中に納まった。
楽しい、と即答した鏡子とオレとは逆に、サラはボールを見るように俯いて浮かない顔をしている。サラの身の上話はサラと母親がこの屋敷に来た頃にうちの両親づてに聞いていた。有名な学校のバレーボール監督だったサラの父親は酒に呑まれては家庭内暴力を繰り返し、それに耐えかねたサラの母親が娘を連れて旧友を頼って家出してきた、と。
「わたしには、これしかできることがありませんから」
俯きながら力なくそう答えるサラの肩を鏡子が掴んだ。
「なに言ってるの、サラがいてくれなきゃ困ること、いーっぱいあるんだから」
拗ねるように言う鏡子を見ながら奥様が微笑んだ。
「これしかできない、じゃなくて、これができる、なのよ。鏡子も、サラも、雲海君も。出来ることを伸ばしていけば、他に出来ることだっていっぱいあるの」
「じゃあお母様、バレーができたらサラのお父さんを倒せる？」
「お嬢」
奥様のきょとんとした顔もサラの制止も構わず鏡子が続けた。
「サラとミラさん泣かせて自分は平気で好きな事しかしないなんて不公平だわ。参りましたって言うまでコテンパンに負かしてやりたいの」
いつにない鏡子の強い口調に当惑したような表情のサラとは裏腹に、奥様は何かを思いついたようににやりと笑った。
「そうね。サラ、バレーでお父様を倒しなさい。鏡子はそのために体をもっと強くなさい。いいわね」
「オレも！ オレも親父倒す！ 勉強しねーなら庭師継げってうっさいし、球遊びでメシなんか食えねーとかムカつく！」
手を挙げたオレに対してなぜか奥様は困ったような微笑みを浮かべたが、すぐにまたさっきのようににやりと笑った。
「野望を持つのはいいことよ。お父様を倒して、越えていきなさい」
「よっしゃー！」
オレはガッツポーズをして天を仰ぎ、戻した視界の中では鏡子が小指を出していた。
「私たちみんな同じ目標持ってるから、ずっと一緒にいようね。約束！」
サラが当惑混じりながらもようやくにこっと笑って小指を出した。
「三人で指切りってどうすんだよ」
ぶつぶつ言いながらもオレは既に鏡子とサラが絡めた小指をまとめるように小指を絡めた。
「三人ずーっと一緒、うそついたら針千本のーますっ、ゆーび切った！」
子供の頃の他愛無い誓いだ。ずっと一緒などないとその時オレには既に分かっていた。
犬神家の本家である三國家、その長男である智之と鏡子を婚約させようと奥様が工作しているのは他の使用人の噂の端に上っていたし、そうなればずっと一緒になんていられるわけがない。百歩譲ってサラを一緒に連れて行くことはできるかもしれないがオレは無理だ。
その確信は高校三年になった今でもずっと続いていた。