なつあと
夕立が去った。
雨を凌いだ屋根下を離れ、濡れた砂浜をやって来たほうへ辿って歩く。空にも海にも日暮れの気配が広がっていた。
無人駅に着くと、ひとつしかないベンチに腰掛けて、いつくるかわからない帰りの電車をふたりで待った。
「……あれ、おまえ」
線路の先をぼんやり見つめていた青峰がふと横の黄瀬に視線を移した。
「日焼けした?耳、赤くなってんぞ」
金色の髪のあいだからのぞく耳に手を伸ばすと、黄瀬がびくっと体を震わせて青峰を見た。黄瀬の反応を見た途端、先ほどのキスのことが思い出されて青峰は慌てて手を引っ込めた。微妙な沈黙と、気恥かしい空気が流れる。
「……もう、しねーよ」
ぷいと横を向いてしまった青峰の、耳の裏にはまだ砂がついたままだ。
「あおみ………っ」
教えてやろうと思って呼び掛けたが、途中で止めてしまった。どうせ制服も半乾きの状態なのだから、そんな自分達が少しくらい汚れていたって誰も気には留めないだろう。
「何だよ」
「何でもないッス」
名残惜しくなった、と言ったら、青峰はどんな顔をするだろう。想像をめぐらせながら自分の耳にそっと触れる。ぴりぴりと疼いて熱かった。
夏の痕だ。
白い砂も、日焼けも、塩辛い唇も、ぜんぶ。もう2度と来ない夏の痕跡。
戻らないことも変わってゆくことも止められないとわかっている。それでも今日という日に青峰を誘ってどこかへ行きたかったのは、夏の暑さの中で、青峰の隣で、少しでも長く同じ景色を見ていたいと思ったからだ。
「帰ったら、バスケしよ。青峰っち」
電車に揺られながらつぶやいた。自分と同じように乗降口にもたれて外を見ていた青峰が、こちらに顔を向ける。
「しょうがねーな」
細められた群青色の瞳は、夜の海より夜に変わるほんの少し前の空に似ているのだと思った。夏の日の、長い夕焼けの終わり。
それから何度夏がめぐっても、決まって思い出すのはあの年の夏のことだ。もっと楽しい思い出も、熱くなった経験も、たくさん積み重ねたはずなのに、どうしても気持ちはあの時へ帰りたがる。
きっと特別なのだ。高みへ駆け上がってゆく高揚感も、勝利を喜び合える仲間も、初めて手にした大切なものだった。
繫ぎとめることは叶わなかった、ひと夏のキセキ。そこにはいつも青峰がいた。
あの夏の暑さを今でも鮮明に覚えている。
確かに感じた熱が自分に焼き付けていった夏の痕のことも。ずっとずっと、覚えている。