なつあと
雨宿りは長引きそうだ。雨の勢いは収まってきたものの、未だ雷は明るく鳴り響いている。青峰と黄瀬は屋根下に並んで座り込み、雨足が弱まるのを待った。濡れたシャツの裾をしぼりながら黄瀬が思い出したように口をひらく。
「ああっ……花火買っとけばよかったッス」
「ふたりでやんのかよ」
「夏の海は花火がお約束じゃないッスか」
「つか花火って。いつまでここにいる気だよ」
青峰が聞くと黄瀬がふっと笑った。
「夜まで?」
「バカか」
「あはは、冗談ッス」
冗談ではなかったが、そう願っていることは留めておいた。降り止まない雨を眺めて眉間を寄せている青峰の横顔を静かに見つめる。この雨が止んだらまた、夏が始まらないだろうか。真剣な眼差しで、不敵な笑顔で、ボールを突きゴールを狙って勝利を掴み取ろうと駆け回る青峰の隣で、同じものを目指してがむしゃらに走りたい。
この雨が止んで、夕立が夏を連れ去ってしまったら。もう、あの熱さは戻ってこないのだろうか。
それは予感じゃなく確信だった。
「……あれ」
見つめていた青峰の横顔の、耳の裏辺りに細かい砂がついているのを見つけた。たぶん砂浜に寝転がっていた時にくっつけたのだろう。向かい合って会話している時は気が付かなかった。
「青峰っち、ここだけ白くなっちゃってる」
笑いながら手を伸ばして形の良い耳に触れる。柔らかい感触が指先を伝うと同時に青峰が振り返った。
「あっ……こっち向いちゃうと取れないんスけど……」
「黄瀬」
名前を呼ばれて、顔が近付いた。目を閉じる間も無く、今度は唇に柔らかい感触が伝わる。目を瞑った青峰の、睫毛が案外長いということは分かったが、どんな表情をしているかまでは近すぎて見えなかった。
キスをした、と認識したのは唇を離した青峰がそっと目を開けて自分を見た時だった。
「………え、なんで……」
「………やることが無かったから」
「………は………」
意味が分からないッス。黄瀬がほとんど聞き取れない声で続けた。そういえばまだ青峰の耳の後ろに砂がついたままだ、とか、そんなどうでもいいことだけが頭に浮かぶ。
「……停電の時ってさ、何もやることねーからみんなセックスするんだと」
首の辺りを掻きながらぶっきらぼうに青峰が言った。
「……はあ………」
「……だから」
だから、ではない。何のテレビで見た話だといつもならワアワア喚いて突っ掛かるのだが、言ったきりそっぽを向いてしまった青峰に自分から向かってゆくテンションは今の黄瀬に無かった。頭の中が混乱している。
(停電でも、夕立でも、フツーしないでしょ……)
あまりに極論だ。停電のセックスなんて一時的な理由付けにしか思えない。いくらやることがなくてもやりたくないことはしないだろう。心のどこかでそうなることを望んでいたはずだ。
(なんて解釈は、都合良すぎッスかね)
思い直して、青峰のキスを当てはめるのはやめておいた。
触れ合った唇をそうっと舐めてみる。当たり前だが塩っ辛くて、何だか可笑しくなった。青峰も同じことを思っただろうか。
「もし停電になったら、オレは」
再び青峰の横顔を見つめながら口を開く。声に反応するように青峰の肩がふっと上がったが、振り返ることはなかった。
「青峰っちとバスケがしたいッス」
「………………………」
くっ、と小さな笑いが洩れて、青峰が肩越しに黄瀬を見る。その顔は黄瀬が好きな不敵な笑みではなかったが、下げられた眉があどけなく、可愛らしく思えた。
「いつもと同じじゃねーか」
可笑しそうに言う青峰に、黄瀬もくっと笑って「そーッスね」と返した。