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崖っぷちの恋

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「か……佳主馬、くん?」
「なに」
 目をまん丸くして、瞬きすら忘れて見上げてくるその瞳に、あの時の強さなんて影も形もない。
(なくてよかった)
 あったら、本気で我慢がきかなくなるところだった。それでなくても絶望的なのに、これ以上佳主馬自身にとって不利な要素を増やしたくない。
(でも、そのほうがいいのかな)
 そうすれば、あきらめることができるのだろうか。
(……無理か)
 あきらめないことを教えてくれたのは、目の前──というよりは真下、納戸の床で仰向けに転がったまま呆然としているこの人だ。
 健二が口にした言葉は、なにひとつ忘れたくなんてない。それほどに、健二は佳主馬のすべてを侵食している。
 健二が悪いわけじゃない。佳主馬が勝手に、ひっかかっただけだ。
 情けないし数学以外には頭が働いていないし、姿勢は悪いし自信はないし鈍感だし天然だけど、嬉しそうに笑うととても優しくて、そして極限まで追いつめられれば人が変わったような強さを見せる。その鮮やかさに目を奪われ、最初は尊敬の気持ちで眩しく思っていただけだったのに、気がついたらその感情には形容しがたい色がついていて、佳主馬をどん底まで落ち込ませた。しかも、やたらと重く大きくなっていたのだから始末に負えない。
 自覚をうながしたものすら散々だったのは、記憶に新しい。健二が夏希に向けた笑顔を見て、まるで心臓に針でも突き立てられたような気がした。しかも、ほんの一瞬とはいえ夏希に向かって抱いてしまったあの醜い感情は、本気でなんとも言い様がなかった。
 気づいてしまえばその気持ちはふくらむ一方で、しかもこの家ではけっこう人気が高くあちこちに引っ張りだこな健二を独占するのは難しい。健二はキング・カズマのファンらしく、暇があれば佳主馬がなにを言わずともマメに納戸へ顔を出してくれるのだが、その目当てがキング・カズマだと思えば自身のアバターにすら嫉妬しそうで、佳主馬は本気で頭を抱えた覚えがある。
 懐いている年上のお兄さんへ向けた、単純な独占欲。
 そう思おうとしたこともある。むしろ、何度もそう思おうとした。
 でも、勝手気ままに健二を連れ回す親戚たちへの嫉妬心以上に、キスしたいとかしてほしいとか、触れたいとか抱きしめたいとかそんなことまで考えるようになって、佳主馬はもう観念したのだ。
「いや、なにって……あの、どうしたの? 僕じゃ、あんまりOMCの練習台とかにはならないと思うんだけど」
 目を丸くしたまま、健二はそんなことを言っている。この状況でそう思える健二の脳内に呆れるような、事情を知らなければそう思うのも当然のような、そんな複雑な気分に陥って、佳主馬は深い深いため息をつきたくなった。
 すぐ隣でノートパソコンのディスプレイをのぞき込んでいた健二が立ち上がったのは、台所へお茶を取りに行くためだ。そんなことは、佳主馬も知っていた。佳主馬のグラスが空になっていたのを見て、気を利かせてくれただけだ。
 なのに、手が動いた。理由は簡単だ、離れていってほしくなかっただけ。
 立ち上がりかけた健二の足を掴んで、転ばせた。体勢を崩した隙に健二の上へ乗り上げ、仰向けに倒れ込ませて顔の両側に腕をつく。
 佳主馬の体重はまだ大したことはないけど、全体重をかければそれなりの重さがある。健二の体勢がしっかりしていれば簡単にどかされてしまうだろうが、この状態では力なんてなかなか入らないはずだ。
 佳主馬自身、まさか年上の同性を押し倒すことになるとは思わなかった。だが、そこまでの衝動が育ってしまった以上はもう、仕方がない。
 性別も年齢も、関係ない。でもおそらく、そう思えるのは佳主馬だけだ。
 健二にしてみれば、どちらも大きな壁だろう。少なくとも、破ろうなどとは欠片も思わないはずの、壁。
「健二さんが好きなんだ」
「……へ?」
 案の定、なにを今さら、みたいな顔をされた。
(ああ、やっぱり、わかってない)
 まさか、友達として好きだと今さら、口にするとでも思っているのか。
 しかもこの体勢で。
「悪いけど、お兄さんとしてでも友達としてでもないから」
「は?」
「キスしたいくらい好き。このまま襲ってもいいかなって思うくらいにも好き」
「ええっ!?」
 健二の顔色が、どちらかというと青くなる。まあ、それも納得だ。
 でも、無視して言葉を継いだ。
「健二さんのこと考えると、胸が苦しくなる。夏希姉ぇと一緒に笑ってるのを見ると、いてもたってもいられなくなる」
 こんなに、健二を独占したい。なのに、できない。
 だって、その権利がない。理由もない。
「健二さんが隣にいてくれるだけで嬉しいのに、でも苦しい。だって、こんなの伝わらないし、健二さんがわかってくれるわけもない」
 健二が好きなのは、夏希。それくらいは佳主馬もわかっている。
 わかっているからこそ、こうやって感情の持って行き場がなくなって。
 こんな最悪の形で、表に出てしまうのだ。
「どうしてくれるの」
 言い掛かり以外のなにものでもない。
 健二のせいではないはず、なのだし。
 でも。
(もう、ぐちゃぐちゃなんだ)
 心の中が。
 健二を逃がさないよう頭の両脇についていた腕を動かして、目の前にあったポロシャツを掴んだ。
 そのまま、健二の胸元に突っ伏す。──目を丸くしたままの健二の顔を見ているのが辛くなったなんて、言いたくはない。
 その瞳にあったのが驚愕だけで、嫌悪の色がなかったことに心が喜んでいるなんて、知られたくない。
「責任、取ってよ」
 そんなこと、この人にできるわけがない。
 心の中では、もうひとりの自分がそう冷笑していたけど。
(でも、どうしようもないんだ)
 どうかできるものなら、そもそもこんなことをしていない。
 健二を困らせるだけだとわかっていて、あんなことを口にしたりしない。
「なんとかして」
 だから、答えなんてまったく期待せずに、ただ健二のポロシャツを強く握りしめた。
 さっさと、振り払ってくれればいい。ありえないと、頭から否定してくれればいい。
 そうすれば、あきらめることなんてできないけど、あきらめたふりくらいならできるようになるかもしれない。
 期待できるはずがないのにしてしまうから、よけいに苦しい。
 それなら。
(健二さんの手で、終わりにしてよ)

 せめて、それを願った。




(困ったなあ)
 仰向けの状態で見上げる納戸の天井は予想以上に年季が入っていて、この陣内本家の歴史の古さを感じさせた。
(……って、それどころじゃないっけ)
 そう、今はのんきに、そんなどうでもいいことに感心している場合ではない。とは言っても、まったくもって頭が働かないからこそ、そんな現実逃避をしてしまうわけで。
(困ったなあ)
胸の辺りから下、全身にかかる重みをどうしていいかわからず、先ほどから健二は何度も同じ言葉を頭の中で繰り返している。
(困ったなあ)
 とりあえず、予想外だった。
作品名:崖っぷちの恋 作家名:Kai