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神手物語(ゴッドハンドストーリー)~名医の条件~ 第1~9話

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第3話 命の重さ

 ピッ、ピッ、と心電図計の音が響く。
張りつめた雰囲気の中、安田潤司執刀のオペが始まった。
「生食洗浄」
「イソジン液」
「ドリル」
「セラミックアンカー3mmー16mm」
 矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「安田先生、質問よろしいでしょうか?」
 シャマルが、質問をする。
「どうぞ」
「なぜ金属板(プレート)固定ではなく、セラミックアンカーで?」
「良い質問だ。
大学では、こういう場合の骨の固定を金属板(プレート)で教えていると思うが、
この様な場合、後からプレートを抜き取る手術が必要になる。
それは患者さんにとって、負担以外の何者でもない、それに女の子だ、
体に幾つもの傷跡を残すのは可愛そうだ、セラミックなら、骨と同化してしまう為、
取り出す必要もない。脆いという欠点を除けばこの方が良いんだ、はい固定終わり」
「「って早っっ」」(テル、シャマル
 みるみる間に前側のあばらを固定してしまう。
その速さたるや、常識では考えられないほどだ。
「縫合行くぞ!」
 そこからはまさに神業だった。
丁寧で、正確で、なおかつ速い、それに何だろう?この安心感は?
(す、凄い、なんて速さと正確さなの?大学の教授とは段違いだわ、それに傷跡が殆ど判らない)
「はい縫合終わり、フィルム用意」
(作:最近はガーゼなどは当てたりしません、通気性フィルムを貼って終わりです)
「はい、患者さんを裏返して」
 なのはがうつ伏せにされる。
今寝かされていた所には、かなりの血が垂れていた。
「不味いな、思ったより出血が多い、テル、氷を準備しろ、ここからは低体温下手術で行く」
「うっす」
「あの、低体温下手術って何ですか?」
 また、シャマルが質問をする。
「低体温下手術とは、読んで字の如く体温を下げて行う手術だ。
こうすることで、患者さんは一時的に冬眠状態に落ちる為、簡単には死ななくなる。
体温を下げすぎてしまうと死亡する為、コントロールが非常に難しいが、
心臓付近の手術にはなくては成らない技術だ」
 そう言っている間に、メスの一振りで3本の骨を切り落としていた。
「テル、セラミックアンカーを打っておいてくれ、北見ちゃ~ん、ここからは頼むよ」
 北見医師とチェンジする。
「生食洗浄」
「ドレナージ」
「人工心肺取り付ける」
「クリップ」
「もう一つクリップ」
 また矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「人工心肺回します」(テル
「まず縫合箇所を切り取って再度血管を吻合する、氷用意!」
「氷入ります、心臓一旦止めます」(テル
「オイ、嘘だろう?これを本当に君がやったのか?」
「はい、縫い方が間違っているのは判っています、でもそれをやらなければ、
なのはちゃんはあの場で死んでいたと思います、だからあの場でそれが出来る私がやらなければ……」
「いや、そうじゃない、このとんでもなく狭い術野の状態でよく出来たものだ、
ベテランの外科医でも普通やらんよ」
「じゃあ見捨てろと仰るのですか?」
「そうは言っていない、この狭い術野でこれだけのことをやる度胸を褒めて居るんだ」
 北見は驚いていた、刺し傷のほんの僅かな隙間から血管を縫ったその腕を、
まだ筋肉や皮膚の縫合しか知らないはずなのに、その技術で信じられないくらい丁寧に、
かつ緻密に縫ってあるその縫い方、それをやろうと決断したその度胸に。
「よく見ていたまえ、これが血管の吻合だ」
 北見の本領発揮だった。
見ている者を凍り付かせるとまで言われた、正確で精密で清々しいまでに美しい縫合、
いつも見ているテルでさえ思わず息をのむ、シャマルもその手元から目を離すことが出来なかった。
「凄い、なんて速さ、なんて緻密な縫い方、しかも七重結紮が一瞬で結ばれていく……」
「はええっ!なんて速さだっ!しかも正確に0.2mm間隔で縫ってやがる」(テル
「ヨシ、終わりだ、さあ、還っておいでなのはちゃん、パルス!」
「ダメです、動きません」(テル
 電気ショックを与えても、なのはの心臓は止まったままだった。
「もう一度だ!もう一度パルス!」
「ダメです、反応がありません!」(テル
「テル、直接マッサージだ!」(安田
 大事な場面で、なのはの心臓が動かない、動き出す気配さえなかった。
このままでは確実になのはが死んでしまう、安田の指示でテルが直接心臓をマッサージし始めた。
「お願いだ、動いてくれ!動けぇぇぇぇ!」
テル先生の心臓マッサージが始まって5分、そろそろテル先生も限界だった。
「シャマルさん、1分だけ代わって!」
「ええっ!?」
「そう、強く力を入れすぎると握り潰しちゃうよ、そうもっとリズミカルに」
「これがなのはちゃんの心臓……お願い!還ってきてぇぇ!」
 心臓マッサージを託されたシャマルはその命の重さに驚いた。
手の平の中にすっぽりと収まる小さな心臓、とても軽く、てとてつもなく重かった。
(これが命……なんて重い……)
 その重さ以上にのし掛かる重圧、自分の体の中には入っていない命という存在。
シャマルはその重さに命の重さに戦慄した。
 この2年、きついこともあった、辛いこともあった、
でもなのはと一緒だといつも楽しかった。その思い出が次々と溢れてくる。
思い出に押し潰されんばかりの胸に涙が溢れてくる。
 見えている物が滲んでいく、1分という時間の何と長いことか?
回りの全てがスローモーションの様に感じる、1分が1時間にも2時間にも感じる。
もし自分がここで止めてしまえばそこでなのはの命が終わってしまう、
テル先生が回復するまでの間自分が持たせなければいけない。
絶対に失敗は許されないと言うプレッシャーが彼女を押し潰そうとしていた。
「シャマルさん、もう良いですよ、代わります」
 テル先生がシャマルの手に手を添えた瞬間だった。
 ビクンッ
 突然心臓が跳ねて動き始めた。
「ヨシ、動き始めた、人工心肺離脱するぞ!」
「ぁ、あれ?」
 シャマルは、足腰に力が入らなくなりその場にへたり込んだ。
「人工心肺外れました」

「フッ、どうやら腰を抜かした様だな」

「院長お願いします」
 先ほど切り取った肋骨の接合が始まる。
「速い……」
「ヨシ、後は筋肉を縫合して傷口を閉じる」
「院長、ちょっと待って下さい、何か変です」
「どうしたテル?」
「こんな所から血が……」
「こ、これは小さな破片が脊髄に刺さっている!?」
 それは小さな骨の破片だった、刺された際に破損した骨の一部が脊髄に刺さっていた。
「不味いぞ、もう患者の体力が持たん、速く閉じて手術を終わらないと」
「でもこれを残したら……」
「テル、患者の体を少しだけ持ち上げろ、北見、助手を頼む」
 安田潤司は、メス一つで骨片の回りを広げ始めた。
そしてピンセットを持つ、何の迷いもなく骨片を摘むと、
あっさりと引き抜いた。
 普通、これ以上の脊髄へのダメージを考えると、残しておいて再手術と言うことが考えられるが、そうなった場合炎症や化膿する事があり下半身不随などの後遺症が残ってしまう。
場合によっては命を落とすことさえあり得る。
「こんな物なら大丈夫だろう、よし、閉じるぞ」