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動揺

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夏の陽射しを受け続けた夕方の部室は、人が休憩できるような温度ではない。
クーラーを切られると、日が暮れても汗がにじむ。

巧は今日、部活終わりに書類を提出してから部室に来た。決められた日までに提出しろと小言を言われ・・・・それが思ったより長引いたせいで、職員室で大分時間をくった。
誰も残っていない部室のクーラーはもう切られているのだろう。巧はうんざりしながら部室棟へ向かう。



建て付けの悪い扉を開ける。ドアを引いた瞬間に、冷気を感じる。
誰かがクーラーを切り忘れたのだろうか。乾燥した冷風が熱で疲れた身体に心地よい。
しかし部室に足を踏み入れ、自分の憶測が違っていたと知る。
そこにいたのは、半裸で固まっている沢口だった。
「な、なななんじゃ原田か、びっくりした」
声が裏返っている。脱いだユニフォームを握りしめたままだ。
巧も一瞬動きが止まった。つばをのむと、こくりと音がした。
「・・・・俺だってびっくりしたよ」
誰もいないと思っていた部室に半裸で固まっている人物がいるとは、思いもよらない。
夕日に染められた部室は、汗と埃のにおいがする。
沢口はまだ半分固まっていたが、巧は背を向けて黙々と着替えを始めた。
汗で張り付いて脱ぎにくい。クーラーで急激に冷えた汗が冷たかった。
沢口の大きなため息が聞こえる。顔だけ振り返ると、沢口は顎を上げて巧を見上げた。
「・・・・・・・・原田は、ええなぁ」
「は?」
唐突にもらされた羨みの言葉が理解できなかった。視界の端に沢口を捕らえながら、Yシャツの袖に腕を通す。かすかに洗剤の香りが残っている。
沢口はオウム返しのように、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「なんだよ」
沢口が口をとがらせる。Yシャツのボタンを留めながら、じっとりと巧をにらむ。
羨みとも、違うのか。不満そうにこぼしている。
「大体神様は不公平なんじゃ」
言いながら古い椅子をきしませ腰を下ろし、鞄を開いた。
「原田くらい背伸びんかなー」
巧はついと沢口を見た。沢口は独り言のように文句をつぶやきながら、鞄の中を探っている。
「なんだよ、いきなり」
沢口はいかにも不満な視線で、上から下までなめるように見る。
その視線をよけるように半歩身を引くと、沢口は鞄の中から一通の手紙を取り出した。
「ラブレター、もらったんじゃ」
ひらひらと振って見せる。
ラブレターをもらうなど、沢口なら踊りまわって喜びそうな出来事だ。それなのに、全く嬉しそうな素振りを見せない。よっぽど嫌いな奴からもらったのだろうか。
封筒から視線をずらして沢口を見ると、真っ直ぐな視線とぶつかった。
「良かったじゃん」
「ばか!良く見ろ!」
封筒の宛名を指差し、立ち上がる。
そして、巧に差し出す。巧はそのピンク色の封筒を一瞥し、静かに目をふせた。


作品名:動揺 作家名:原田凛