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例えばこんな、よくある始まりの話

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「涼太は、私のことなんか好きじゃないんでしょっ」
校舎裏に呼び出され、彼女の主張を聞きながら終わりに向けての話し合いを友好的に行おうとしていた最中、そう叫んでパッと手を上げた女の子の手首を、黄瀬は咄嗟に抑えていた。
顔は困る。この後雑誌の撮影が入っているのだ。金を貰って仕事をしている以上、その商品に傷を付けるようなことは甘受出来ない。
激情に駆られて振り上げた手を取られた女の子は、見開いた眼を徐々に潤めて、もう決壊寸前だった。しまった、と選択を間違えた事を黄瀬は悟った。
『避ける』も中々怒りそうだから、『腕で庇いながら受ける』が一番正しいかな、などと考えつつ、次の怒号を待つ。
「なっなによ! 結局自分が一番大事なんじゃない!」
それじゃナルシストみたいだ。もしかして俺、ナルシストなのかな。
喚かれる言葉はちゃんと受け止めてやりながら、自分に対する非難の言葉に、それを否定するのも面倒で、なんとなく全部ひっくるめてごめんと謝ると、たった今”元”彼女となった女の子は、黄瀬の手を力任せに振り解いて、短いスカートを翻して去って行った。

女の子は理不尽だ。
黄瀬はこれまでも何人かと付き合ってきたが、上手い別れ方をしたことがない。
夢中になれる事がなくて、黄瀬はどれも平等に、適度に程よく手を抜いてしまう癖があった。そのどれもをそれなりに(けれど普通の人間よりはよっぽど上手く)こなしていくのだが、付き合う彼女に対してまでそれをやってしまうといけないのだと、最近ようやく理解した。
女の子は、特別扱いが大好きだ。選ぶ店のセンスも、彼女を喜ばせる言葉も、黄瀬の彼氏としての点数は決して悪くはないが、その他の事象と平等である事1点においては、すこぶる採点が悪かった。女の子にはそれが許容できない。最初はいいのに、段々と付き合う期間が続けば続くほど、そこが我慢できなくなるらしい。
更に今はバスケと言うやりがいを見付けてしまった。最初は「バスケしてるところが超カッコいい!」なんて言ってるくせに、自分<バスケとなると途端に、彼女たちにとってバスケは恋路を邪魔するものでしかなくなる。
だから、大抵別れの文句はこうだ。
——私のこと、本当に好きなの?
「多分、好きッス」
嘘の付けない性格の黄瀬が素直にこう応えると、大抵その関係はそこで終わった。

黄瀬の付き合い方は、他の男子から見れば、羨ましいことこの上ない。前の彼女に振られると、どこからかそれを聞きつけた女の子がそれを慰めに来て、仲良くしているうちに付き合いが始まっていた、と言うのがいつものパターンだ。全てをなぁなぁにしがちな黄瀬らしいと言えば、らしい。
去るものを追わないくせに、去られた後、寂しくてしょうがなくなる。これは、男女の付き合いと言うものを知ってから分かった、隠れた性格だった。
最初の女の子が忘れられないのかと聞かれれば、もう顔も思い出せないその子がそんなに良かった訳でもないと思う。要は誰でも良かったのだろう。女の子達は失恋した黄瀬の隣にするりと入り込み、心と体を使って、慰め癒していく。
優しくされると、弱かった。自分でもバカだとは思うが、優しさに頼るのは悪い事じゃないはずだ。そう言い訳しながら、なんとなく付き合って別れると言う事をずっと繰り返してきた。

この日撮影が終わったのは21時過ぎで、黄瀬が自宅の最寄駅までたどり着いた頃には、22時を回っていた。
学校を終えてからあの話し合いを経て、仕事をこなしてきたのだ。今日はいつも以上に疲れていた。知れず足取りが重くなり、街灯に照らされた路地を体を引きずるように歩く。
足元のアスファルトから立ち上る、夏の夜の匂いが妙に胸を締め付けて、逃れるように空を仰げば、名前も知らない星がぽつぽつと瞬いていた。
あぁ、一人なんだなぁと、実感するのはこういう時だった。すると、急に寂しさがこみ上げるから不思議だ。
——こんな時は何も考えずに体を動かすに限る。黄瀬は家路に向けていた足を止め、ストバスのコートに向かった。

ギッと錆び付いた金網の扉を開けて、荷物を下ろす。こんな時間に、夜間用のライト設備もないここに、もちろんひと気はない。
黄瀬は制服のままシャツの袖だけ捲り上げて、コート脇に転がるボールを取り上げた。
バスケに触れていれば、少しは寂しさが薄れる気がした。
とりあえず適当に、無心で体を動かす。若干空気の抜けているボールは弾みが悪く、いつも以上に力が要った。ものの15分も動いたら、腕が上がらなくなってその場に倒れた。
日中の熱を溜めこんだ地面が、黄瀬の身体をじりじり焼くように溶かしていく。暗い空を瞳に映しながら、熱気にあてられた頭はぼうっとしていた。
どこか感覚の曖昧な世界で、コートの入り口の方からカシャンと控え目な音が聞こえた。
「黄瀬君?」
コートの入り口に立つ人物が、転がる黄瀬に声を掛けた。
そちらを見る前に、誰だかわかった黄瀬が、上半身を跳ねるように起こして振り返った。
「な、何してんスか!? こんなところで」
「それは僕のセリフです。そんなところで寝ていたら、虫に刺されますよ」
静かに歩み寄る黒子は、ロードワークの途中なのか、ジャージ姿で片手にペットボトルを持っている。それから地面に座ったままの黄瀬を見下ろして、呆れた顔を見せた。
「虫……それはいやッスね」
黄瀬があははと笑って立ち上がると、暑さにやられたのか、ふらりと体が傾いだ。
「大丈夫ですか?」
咄嗟に体で受け止めた黒子が、黄瀬をベンチに座らせて持っていたドリンクを手渡す。
「すんません。ていうか、黒子っちはどうしてここに?」
「……たまたま通りかかったら、中で一人でバスケをしているあなたが見えたので」
こんな時間にここでバスケをする人間なんて、それこそ自分だけだと思っていた。だからまさか、こんなところで人に見つかるなんて思いもしなかった。
クラクラする頭を抑えて渡されたペットボトルを飲もうとすると、まだ開けられていないことに気づく。口の開いてないペットボトルは、黄瀬の為に買ったもののようだった。
「一応、教育係ですから」
勝手に体を壊されたりしたら困りますと、やや憮然とした面持ちで付け加えるように言う黒子に、黄瀬はふはっと笑った。

地面から少し離れたベンチに腰をおろしたまま、時折吹く風に髪をそよがせて、黄瀬は体調が落ち着くのを待った。
黒子はなぜか立ったまま、その黄瀬の様子をじっとみている。まだ火照りが残る黄瀬の頬には、僅かに赤味がさしていた。
「こんなところで寝転がっていたら、夜でも熱中症になりますよ。気を付けて下さい」
「すんません」
怒られてばかりの黄瀬は、もう一度黒子に向かって謝った。事実倒れそうになっていたので、あのままあぁしていたら、今頃どうなっていたかわからない。黄瀬は黒子が自分を見つけてわざわざ声を掛けてくれたことに感謝しつつ、同時に申し訳なさも感じていた。今や黄瀬は立派な病人で、そんな自分を置いて帰ることもできなくなってしまった黒子を気の毒に思う。先ほどは、遅くなるからもう大丈夫だと言うと、黄瀬君が帰るまで見届けますと返されてしまった。律儀な人間だ。