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例えばこんな、よくある始まりの話

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早く帰してあげないとと思いはするものの、けれど黄瀬にはまだ家まで歩いて帰るほどの体力は戻っていなかった。
「……なにかあったんですか?」
「え?」
「いえ、気の所為ならいいんですが……黄瀬くんが少し、いつもと違うように見えたので、何かあったのかと」
唐突な問いかけに、黄瀬は言葉を詰まらせた。その内容があまりにもぴたりと当たっていて、びっくりしたのだ。
「……黒子っちってやっぱすげぇッスね。そんな事まで見抜けるんスか」
「別に見抜いたと言うわけでは」
視線を斜め下に落として微妙に口ごもる黒子を見ながら、黄瀬はさらりと笑って言った。
「女の子に振られただけッス。俺、振られるとその日はどうしても寂しくてしょうがなくて、こうして体を動かして気を紛らわしたり——」
女の子と一緒に居て慰めてもらったり、してるんス。とは続けられなくて、黄瀬は言葉を切った。
「——そうですか。僕はお付き合いをしたことがないので良く分かりませんが、早く元気になって下さい」
「うん……」
ありきたりな励ましの言葉だが、適当に言っているのではないことはわかる。黒子は、そう言う人間だ。続けて、言葉を悩み選びながら、黒子がゆっくりと口を開いた。
「忘れるのは、難しいと思いますが、少なくともバスケをしている間は楽しくいられるのなら、僕が付き合います」
最後の言葉を、まっすぐ黄瀬に向けて放つ。決しておしゃべりではないし、話すのがうまいわけでもないが、黒子の言葉は不思議と黄瀬の心に響いた。
「……ははっ、でも黒子っち俺と1on1とか、相手になんないじゃないスか」
「別に1on1とは言ってません」
じゃあ何を、とは聞かなかった。これは黒子なりの気遣いだ。多分あまり得意ではないだろう話題に、得意ではないだろう慰めの役目を負う事になって、これが彼の精一杯の言葉だったのだろうと思う。
その優しさに、黄瀬は少し泣きそうになりながらも、それを笑顔に変えて有難うと言った。

しばらく、黄瀬は黒子を相手に、とりとめのない話をした。
もうしばらく女はいいだとか、今日の撮影は苦手なカメラマンで参ったとか。とにかく思いついたこと、心の中に溜まっていたことを黄瀬が喋って、黒子はそれに頷いていた。
一人でしゃべり尽くしてふと息を吐くと、黒子が黄瀬君はよくしゃべりますねと言って小さく笑った。こくりと喉を鳴らして、ペットボトルのスポーツドリンクを飲むと、黒子の気遣いが体に染み渡る気がした。
——黒子は優しい。意外に突き放した物言いをしたり、素直に親切な言葉を伝えることはあまりないが、バスケのいろはも知らなかった黄瀬を、嫌な顔ひとつすることなく、黄瀬が理解するまでとことん付き合ってくれた。
今も、見かけた黄瀬を放っておけなくて来てくれたのだろう。そんな義務はどこにもないのに。
黒子が女の子だったら、きっとここで付き合うんだろうなぁと、黄瀬は思った。
残念ながら黒子は男だし、現実的にそんなifは存在しない。
バカな考えを一人笑いながら、さっきよりだいぶ気分の良くなった黄瀬は、残ったドリンクを流し込んで立ち上がった。
カバンを肩に掛けて黒子を振り返ると、下から気遣わし気な表情で黒子が見上げていた。
「大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね黒子っち。付き合わせて」
健気ってこういうのを言うのかな、と黄瀬は思う。
「それは別に構いません。それより、送って行きます。黄瀬君のカバンをこちらに下さい」
「え、いいッス! 悪いッスよ!」
「帰り道で倒れられる方が困ります。いいから行きますよ」
荷物を持つと言う黒子と、それを拒否する黄瀬の間で、黄瀬のバッグが取り合いになる。お互いに引かずに引っ張り合いをしていると、力のバランスが崩れた拍子に、黄瀬が黒子の方へと倒れこんでしまった。
金網が、ガシャン!と大きな音を立てる。黒子の頭を打たないように手で庇って、黄瀬は衝撃に備えて目をつむった。幸い、黒子はフェンスを背にして立っていたので、転倒は免れることができた。それ程の痛みもなく、大きくたわんだ金網に手を掛けて体勢を整える。
「ごめん、黒子っち! 大丈夫?」
「……大丈夫、です」
黄瀬が慌てて謝りながら黒子を覗き込むと、同じく目をつむっていた黒子がゆっくりと瞬きをしながら黄瀬を見上げた。
黒子の薄い色の髪が乱れて汗ばむ肌に少しだけ張り付いている。ここに来るまで走っていたという黒子からは、僅かに熱のこもった体温が漂った。
この距離は、ちょっと普通は無い。それはまるで恋人といる時の距離で、黄瀬は思わず錯覚した。
体勢はそのままに、そっと黒子を金網に押し付けて、顔を寄せる。ふわりと香る汗の匂い。黒子の体温と香りに包まれて、黄瀬は脳内を揺さぶられた気分だった。
口元と、あごのラインから首筋を見下ろして、ふらふらと誘われそうになる。
その時、小さく息を呑む音が聞こえて、黒子の喉が上下した。
(何してんだ、俺)
それほど大きくはないが、けれど決してなだらかではない喉元のラインを見て、黄瀬はすんでのところでなんとか思いとどまった。
それから項垂れて、深いため息を吐く。
「あー……黒子っちは何で女じゃないんスかね」
そうなら、今自分を止めなくてもきっとなんの問題もない。思ったら、気付けば口に出していた。こんなどうでもいい戯言を、真面目な黒子は律儀に拾い上げる。
「すみません。生まれてからずっと、僕は男です」
黒子の言葉に、クッと笑った黄瀬が両腕の檻に閉じ込めた黒子を見下ろした。
「知ってるッスよ、黒子っちが男じゃ無かったら、一緒にバスケなんてできてないッス」
「不毛な問答ですね。でもさっき、女はもういいなんて言ってましたけど、もう女性が恋しいんですか? まぁ黄瀬くんなら、すぐに次が見つかると思いますけど」
言われて、黄瀬は目が覚めた心地だった。
そうだ、もう女はこりごりだ。暫くはバスケに集中したいし、それでいい。でもなぜか今、無性に人恋しく思えるのはなぜだろう。
多分きっとそれはここに黒子がいるからで、話を聞いて優しくしてくれて、自分はそんな黒子がたぶん——
(そうか、女じゃなくていいんだ)
恋に落ちる要素は十二分にあった。ただ、それに気付くきっかけが足りなかったのだ。
そして、気付けばもう、走り出してしまうのが黄瀬の性格だ。
「黒子っち、俺もうちょっと黒子っちに近づきたい、いいッスか」
「……ダメです」
ふいに、目元を微かに染めて、耳元で告げる黄瀬の掠れた声が、黒子の耳朶をくすぐった。
黄瀬は馬鹿だと、黒子は思った。そんなこと聞かれたら、黒子が是と応えるわけがない。きっとどうにかすれば出れるはずの黄瀬の拘束から逃れられない黒子は、じっと黄瀬の瞳を見返した。
「…………」
たっぷりと見つめあって、けれどどうにも駒を進めることのできない黄瀬は、観念したように自ら視線を逸らした。
「わかったッス。……すんません、ちょっとふざけただけッス」
黒子は、黄瀬を見上げながら小さく息を吐いた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう」
すっと黄瀬の腕の中から抜け出した黒子が、二人分のバッグを持ってスタスタと入り口に向かう。
「え、あ、待って!」
黄瀬は自分を待つことなく歩いて行く黒子の小さな背中を追って、慌てて掛け出した。