君に触れるだけで
薫はするすると帯をすべて床に落とした。さらに着物を肩から落とそうとする。
「か、かおる!!」
剣心は真っ赤になって、薫の手をとった。
「ちょ、ちょっと待つでござるっ!」
「どうして?剣心、私はもう覚悟はできてます・・・」
「い、いや、覚悟は拙者もできているが、あの、まだ、祝言を・・・」
剣心はあたふたと言葉を返しているうちに、開かれた着物の間から、薫の裸身がこぼれ見えて、ますます赤面してしまった。薫の豊かに盛り上がった乳房が、月明かりに白く輝いていた。剣心はごくりと生唾を飲み込む。
「か、かおる・・・」
思わず剣心は片手で薫の胸に触れた。熱い。薫の気持ちのままに、熱い。
「薫・・・」
「剣心・・・」
薫は瞳をうるませて、剣心を見つめている。薫の唇が剣心を誘う。
「薫、きれいだ・・・。君は信じられないくらいきれいだ・・・」
剣心は片手で薫ののどをなであげて、唇を重ねる。
「んっ・・・」
薫の唇は熱かった。剣心は薫を抱きしめて口づけを重ねた。
「か・・おる・・・」
剣心は薫の唇の甘さに酔っていた。抱きしめている薫の体の暖かさに頭が麻痺していくようだった。寝間着一枚で隔てられている二人の体。この着物一枚をはいでしまえば、二人の体を隔てるものは何もなくなる。
(そうなれば、俺はもう我慢できない。俺はもう薫を抱かずにはいられない。薫の体を自分のものにするまで、俺は止まらなくなる・・・俺のすべてを薫にぶつけるまで・・・)
「薫・・・・ちょっと待って・・」
「剣心・・・嫌なの?私と・・・」
「ちっちがう!嫌なわけないでござろう!俺は、ただ・・・」
ごくりと唾を飲み込んで、薫の着物の襟を合わせた。
「ただ・・・薫を晴れて、正式に、七日後に、妻にもらいたいのでござる」
「だって、剣心、それまでにまた迷ったりするじゃない」
「おろ~、すまぬでござる。それは拙者が悪いでござる。ただ・・・」
剣心は薫の着物の襟を合わせたまま、薫を抱き寄せた。
「薫。薫の気持ちは嬉しいよ。とても。でも、拙者は決めたんでござる。祝言をあげて、みなに喜んでもらって、そして・・・それから、薫と結ばれると。ちゃんと薫の父上に報告したいのでござる。今夜薫を抱いてしまったら、拙者、父上から怒られるでござるよ」
「剣心ったら。けっこうお堅いんだ」
「薫だから、でござるよ。この家は薫と父上が暮らしていた家であろう?父上はきっと薫が幸せになるよう見守っているでござるよ。拙者みたいな男を、父上が喜ぶとは思わぬが・・・。せめて、薫をきちんと正式に妻として娶ることが、拙者が父上に対してできる精いっぱいの誠意でござる。そして、それは拙者から薫への誠意でもある。拙者があげられるものは、それくらいだから。薫と正式に夫婦になるまでは我慢するでござる」
「剣心ったら・・・」
「薫。ありがとう。心配させてすまない。でも・・・拙者、もう迷ったりしない。それに・・・いくら迷おうと悩もうと、拙者、薫のもとを去ることなぞできないでござる。もうとっくにわかっていたのだが、つい、あまりにも幸せすぎて、薫を自分の妻にすることなぞ、もったいなさすぎて・・・つい・・・。でも、もう迷ったりしない。約束する、薫」
「剣心・・・本当に?」
「ああ、本当だ・・・だから、薫・・・その・・・帯をしめて、部屋へお帰り。この姿は・・・拙者には刺激が強すぎるでござるよ」
「あ・・・」
薫は我に返って、自分が着物を半脱ぎ状態であることを思い出した。急に恥ずかしくなって、着物の衿を合わせて、帯を拾い上げ、真っ赤になりながら、後ずさった。
「剣心・・あの・・じゃあ。おやすみなさいっ!」
だだっと薫は自分の部屋に走りこんでいった。
廊下に一人残された剣心は、その姿を見送った。脳裏にはさきほど着物の間から垣間見えた薫の白い胸が焼き付いている。剣心の体は熱くほてったままだ。
「ああ・・・・」
剣心はため息をついた。
薫の気持ちは嬉しかった。男女のことなぞ何も知らない薫が、自分のために精いっぱい見せてくれた勇気。恥ずかしさを捨てて、その体を捧げるといってくれた薫。うれしい。うれしいのだが・・・。
(でも、薫・・・・やっぱり、拷問に近いでござるよ・・・蛇の生殺しとはこのこと・・・)
これから祝言までの七日間、薫の白い胸がきっと脳裏から消えないだろう。しかし、耐え忍ばねばならぬ。ここまで我慢したのだ。あと七日・・・。七日後、祝言をあげたら、薫を・・・薫のすべてを・・・。
「はあ・・・」
剣心はもう一度大きくため息をついた。切ない、しかし、しあわせな、ため息であった。