御狐様生活-壱
……そういえば、あいつは今世でも、丞按でよかったのだろうか。聞くのを忘れてしまった。
◇◆◇◆
メモの住所と地図を見る。目の前の屋敷を見る。またメモを見る。
何度も確認したが、ここで間違いないだろう。想像以上に大きな屋敷だ。塀の奥にある庭を見る限り、和風の家なのだろう。
意を決して、インターホンのボタンを押した。表札は「安倍」だった。
インターホンを見る限り、中から応答があるはずなのだが、留守なのか忙しいのか、応答する気配はない。
日を改めるべきか、そう思った時だった。首筋に、ひやりと冷たいものが当たった。
「貴様、何をしに来た」
「は……?」
首に当たったのは、鋭利な刃物。視線だけ下げると、それが大鎌だということが分かった。さらにこの声、どこかで聞いた気がする。やはり前世に。
背中に刺さる強い視線――殺気。今世になってから前世と比べて、比較的穏やかに暮らしていたせいか、全く反応できなかった。体の衰えを感じた気がする。
「何をしに来た」
再度問いかけてくる背後の人。声からして男性。
正直に「ルームシェアの申し出」と言いたい所だが、言ったらこの鎌がどう動くか――想像できてしまう自分が怖い。絶対、余計にこじれる。
だからと言って、このまま沈黙、というのも難しいだろう。何をしたところで、事態はどんどん悪くなる。
現実逃避をしたい。多分、今の自分は目が死んでいる、いつも以上に。
「応えろ」
ああ、ほら鎌がちょっと食い込んできた。血が出たかどうかは分からないけど、そのうちそれどころじゃなくなりそうだ。
本当にどう切り抜けよう。途方に暮れてきた。
「短かったな、俺の人生……」
17年と少し。早すぎる結末の原因は、俺自身の浅慮なのだろう。次回があったら気をつけたい。
――その時、完全に諦めていた俺は、すぐに気付く事が出来なかった。玄関の戸が開いて、人が出てきたことに。
「これ、宵藍。人様に何をしておる」
「っだが!」
「人に手を出すのは禁忌なのだろう?」
枯れ気味の声、おそらくここの住民のものだ。しかし、これも聞き覚えがある。しかもまた前世に、それも相当印象強く。
考えていると、首に当てられていた鎌が離れていった。雰囲気から言って渋々、といったところだが、一命はとりとめた。
俺は恐る恐る、それはもうゆっくりと、目を開けた。鎌を当てられているときから、嫌な予感がしていたのだ。丞按が渋っていた理由が、薄々分かってしまったのだ。
「久しぶりですな、叔父上」
「……どうも」
予感は見事的中。ただより高いものはない。
何が楽しいのか微笑む目の前の老人――前世名、安倍晴明とは対照的に、俺は先程とは違う意味で人生の終わりを感じた。