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Everlasting Blue

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   *


 室内が薄暗いのは、必要最低限の照明しか灯っていないせいだ。
 ビリー・カタギリは自分が使用する端末と、資料閲覧用のサブモニターだけが稼動している研究室で、一人黙々とデータの収集と処理に勤しんでいた。
 口にくわえているのは好物のドーナツ。しかし、今は両手が塞がっているため食べることはできない。お腹が空いたから一口とかぶりついたところで、無常にもコンピュータがエラーを報せるアラームを鳴らしたのだった。
「まっふぁふ……」
 ドーナツを口にしたまま独り言を言うビリーを、実は後ろで眺めている人物がいた。その人物はビリーの行動に呆れることもなく、ただ、相変わらずだなという感想を抱いて、形の良い唇の端をキュッと持ち上げていた。
「カタギリ。食べるか、仕事をするか、どっちかにしたらどうだ?」
「ふぁ? ……、ああ、グラハム。やぁ、ようこそ」
 背後からかかった声に振り返ったビリーは、近付いてくる親友へ向けて、ドーナツを手に持ってから挨拶をした。
 地球連邦軍の軍服をまとったグラハム・エーカーの姿は、いまだビリーに見慣れない新鮮さを振りまいている。懐かしいという感覚はなかった。彼がその服に袖を通していた時期は本当にわずかだったからだ。
「少しは、その制服にも慣れたかい?」
「慣れるだけなら、な」
 軽く肩を竦めてみせるグラハムは、やや自嘲気味に笑っていた。
「僕は君が燃え尽きた灰のようになっちゃうんじゃないかと心配だったから、とても嬉しいんだよ」
「灰になる前に……気付かされたものがあったのさ。まだ、答えという形にはなっていないが」
 そう言いながら隣に立つグラハムの顔を、ビリーは椅子に腰掛けた位置から見上げてみる。強い執着から解放された彼の表情はいたって穏やか。その昔、別の強い思いに縛られていたときともまた違っているように見える。
「焦る必要はないよ。……今の政府に明確な『敵』もいないことだし」
「そうだな。ところで、カタギリ。どうやら私にもようやく辞令が出るようなんだ」
「へぇ! どこへ配属されるんだい?」
 それは明るいニュースだった。
 地球連邦軍への復帰を果たしたグラハムだけど、かつてアロウズで大暴れした過去を持つ彼への信用度は極めて低く、確かな地位も所属する部署もないまま司令部預かりという中途半端な身分で今日まで過ごしてきたのだ。
 それでもグラハムは少しも腐ることなく、たくさんの暇な時間を筋肉トレーニングや、シミュレーションマシンを使った実技訓練などに充て、また、それらが利用できないときはビリーのところへ顔を出し、様々な分野の研究成果などを聞きに来ていた。
 そう、彼は今も昔も、努力家である点だけは少しも変わっていなかった。
「君ともまったく無関係ではない、新設部署になる」
「えっ? 僕と……? ……ああ、もしかしてコレかな?」
 ビリーが端末の画面を指差してみたところ、当たりという風にグラハムが笑顔を作っていた。
「へぇ、そうなんだ……。軍備は縮小される一方だし、てっきり研究だけで実用化はしないんだと思っていたよ」
「私も詳しくは知らないのだが、マネキン准将の計らいでもあるらしいぞ。君への、な」
「……それはそれは。やだな、一生頭が上がらなくなるよ」
 学生時代からの知り合いに対し、ビリーは冗談めかしてボヤいてみせた。同じく思うところがあるのか、グラハムも眉を下げて苦笑している。
「軍備を縮小する代わりに、MS一機の性能を上げるつもりなのだろう。……ガンダムのように」
「少数精鋭部隊を作ろうってわけか。なるほどね。それで、君がその部隊のトップになるのかい?」
「そういうことだ」
 ほう、と。ビリーは感心したような溜息をこぼした。
「新設される部隊に、隊長となる君、新型のモビルスーツ……。なんだか懐かしいね」
 そう古いわけでもない過去の記憶を引っ張り出してからグラハムと顔を合わせ、二人同時に同じ音を出した。
「対ガンダム調査隊!」
 盛大にあがる笑い声に含まれるものは、同じ時を共有してきた者にしか分からない。喜びも悲しみも味わったあとの境地は、一言でなんか決して現せないのだ。
「今度は出来るかぎり長く存続させたいね」
「先のことまでは分からないが、私が生き続けるかぎりはそうあるようにしてみせるよ」
「うん」
 ビリーは様々な思いを飲み込みながら頷いた。グラハムがその気になれば、彼の願いは必ず叶えられるだろう。無茶や無理をしてでも成し遂げようとする強い意志と、実現可能な才能を併せ持っている。
「じゃあ、これから忙しくなるんだね。新型機の開発、製造、テスト飛行……。どうしよう、休日がなくなりそうだ」
「今までが暇だったんだからいいじゃないか。カタギリの真剣な姿を見るのも久しぶりになるな」
「僕もアロウズで勝手なことをしすぎたからねぇ。失った信頼を取り戻すための充電期間だったと考えればいいか」
 ビリーは先の大戦で敵対していたソレスタルビーイングの内部と深い関わりを持っていた。
 本来ならなんらかの処罰を受ける立場であったが、手に入れたデータ類が連邦軍のMS強化に繋がることもあり、こうして人のいない基地でひっそりと研究に励むよう上層部から言い渡されているのである。
 才能があるゆえに処分は出来ず、けれど表舞台に堂々と立たせるわけにもいかない。要するにビリーもグラハムもその存在を持て余されていたのだった。
 しかし、ようやくそこから這い上がるためのチャンスを与えられたのだ。ユニオンの二翼が本気を出せばどうなるか、それを世界に証明してみせなければならない。
 連邦政府の剣となり、太陽となり、やがては翼となるように。
「カタギリ。ちょっと外へ出ないか? たまには息抜きをしたらどうだ? ここは暗すぎる」
「えっ? ああ、ごめん。僕一人きりだからいいかと思って不精するんだよ」
 グラハムの突然の提案に戸惑いつつも、ビリーに断る理由はなかったから、承諾してコンピュータの電源を落とした。
 ヴェーダには筒抜けであっても、それ以外の悪さをするものたちへのセキュリティ対策に抜かりはない。
作品名:Everlasting Blue 作家名:ハルコ