深い森の中の恋物語
序
月が天高く輝き、ロアーヌ宮殿と取り囲む森を照らしていた。鬱蒼とした木々の陰は漆黒の闇。その合間を縫うように、一頭立ての馬車が一台、宮殿を離れて行った。御者台には顔を窺えない程度にフードを被った小男が座っている。無論行き先は告げられていた。ロアーヌ城下は宮殿から森を介して少しうねった一本道で繋がっており、その道は広く、白い敷石を規則的に並べて整備されている。だが、今往く道は城下からはもちろん宮殿からも見え難いほど細く、ただ轍のところだけ地面がむき出しで他は草が青く茂るような、けもの道よりはましといったところだ。この道を辿ると、森と城下を隔てる城壁が切れたところに出られ、郊外に抜けられる。
目立たぬ道を往き、夜半に密かに城外へ出る。いわゆる、お忍びである。
御者台の男は、普段はよく働く厩番だ。歳は若くない。しかし、戦乱で足を痛め兵役を退いた後、働き口がなかなか見つからず家族に見捨てられようとしていたところに、幸運にも宮殿での下働きにありつけた。馬を相手にした務めは決して楽ではなく、きれいな仕事とは言い難かったが、宮殿のそれは一家族が食べて行くには十分な稼ぎを得られるものだった。
このお忍びの御者役を引き受けたのは、少しばかりの小遣い欲しさだった。実際に、この報酬で勤め終わりの一杯を楽しんだり、家族にちょっとした贈り物をしてやれた。彼の生活は贅沢とは程遠いが、ゆとりのある充実したものになっていた。
もう一つ、引き受けた理由がある。というよりは断れなかった理由とも言える。それは——