深い森の中の恋物語
アデル
13の時、両親はロアーヌ宮で兵役を務める青年貴族との縁談をとりつけてきた。初めて顔を合わせた日、お互いに緊張して全く会話が弾まなかった。だが、婚約者の青年が常に自分を気遣い、まっすぐな眼差しに真心を感じたので、自然に惹かれた。
家柄も釣り合い、当人同士の気持ちも同じ——幸せな結婚となるはずだった。それは戦乱によって踏み躙られた。
それは、後に獅子心王と呼称される、若きロアーヌ侯爵フランツが、リブロフ軍牽制のために仕掛けた戦争だった。当代ロアーヌ侯は殊武勇に優れ、次々に国境沿いの紛争を武力によって解決していた。領地を広げるための戦は殆ど無いが、理不尽に攻め入る輩には容赦がなかった。彼の軍事力増強優先の施政は一部から批判もあがったが、結果的にはそれまで弱小国と目されていたロアーヌの国威と民の暮らしを向上させるに至ったので富国強兵の見本として高い評価を受けることのほうが多かった。だが、彼によって引き起こされた戦争で、不幸にも命を落とした者の遺族には、彼の勇猛さを横暴さと取る者もいた。
彼女、アデルもその一人になった。間近に結婚を控え、ただただ幸せな時に、婚約者を亡くした。当然の成り行きだった。
縁談が破談になった一家は、当てにしていた婚家の援助が望めなくなり、そのショックで父親は倒れてしまい生活が窮乏し、家賃の高い城下を出て郊外に居を構えることになった。それにも金は必要になり、めぼしいものは売り払われた。婚約者との、ただ一つの思い出となる、エメラルドがはめられた婚約指輪も断腸の思いで売った。
アデルは、貴族の娘ながら体を動かすことが好きだったので、難なく農家の手伝いとして働きに出た。農家は給金の他にも食料をわけてくれたので、食べるものには困らなかった。もちろん身分は伏せた。顔立ちは平凡で、体つきは華奢なほうだが働きだしてからは少し逞しくなった。明るくよく笑うので周りには好かれていた。長く伸ばした絹糸のような金髪を子供達に編ませてよく遊んだ。子供達には天使様の髪の毛のよう、と喜ばれた。