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太陽の国(1・夕暮れの窓)

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「本を読んでいて」
「ええ」
「邪魔だった」
「はさみで?」
「杖で」
「自分で?」
「そうだが?」

 偉そうに、彼が答える。不格好に段が付いてしまった彼の前髪を引っ張りながら、私は呆れる。切ったというよりも、思わず焼き切ってしまった、という表現の方が近いだろう。額の辺りに所在なげに揺れる短い髪もあれば、まだ目にかかるほどの長さを保った髪もあった。むしろ長い方の髪が右目の辺りでその存在をしっかりと主張していて、せっかくの彼の英断も無駄に終わっていると思わざるを得なかった。

「それで」

 と、私は言う。

「どうするの、これ」

 彼は頭を振って、私の手から髪を逃がした。

「別に、どうも」

 彼はそう言って、目にかかる髪を忌々しげに払った。けれど、行くあてなどない髪は結局また目の前に下がってくる。それに気付いて彼は眉を顰めた。思わずくすりと笑うと、彼は慌てて「こんなことは少しも苦ではない」という顔を作り、そのまままた本を開いた。この微笑ましいほどの可愛げの無さ。
 私は逃げた髪を追いかけ、もう一度つまんで持ち上げた。

「目にかかってるわよ」
「かかってなどいない」
「邪魔でしょ?」
「邪魔な分は切った」
「そうは思えないけど」
「お前に何が分かる」
「あら、可愛くない」
「可愛くなくて結構」

 夕暮れの教室はただでさえ薄暗いのに、視界に髪がばらばらと入っているような状態でよく本など読めるものだ、と私は半ば感心した。当然のこりの半分はまだ呆れていた。自分のほかに誰もいないような、すました顔をして、彼はページをめくった。

「これ、切っちゃったら、怒ると思う?」

 つまんだ髪を引っ張りながら問うてみる。彼はちらりと目を上げただけで、すぐに視線を本に戻した。

「怒るだろうな」
「今よりましな髪型になると思うんだけど」
「現状で十分満足しているだろうと思うが」
「きっとまだ鏡を見てないんだわ」
「少し黙れないか」
「ねえ、切ってもいい?」
「だめだ。触るな、この───」

「「穢れた血」」

 わたしたちは同時に言う。私は笑いながら、髪を人差し指にくるくると巻き付けた。彼は目線を落とし、ふうとちいさく溜息をついてみせた。

「悪態がワンパターンよ。他に何かないの?」
「言っておくが、これはかなりハイレベルでハイクオリティな悪態だ。他の人間なら泣き出すか怒り狂うか呪詛を吐くか、最低でも顔色くらいは変える。いずれにしてもそうそう聞き慣れるものではない。聞き慣れるべきでもない。無頓着にも程がある」
「…ずいぶん的外れなお説教してるって、自分で気付いてるのかしら?」

 彼はまだ何か言いたそうにしていたけれど、結局何も言わなかった。
 言い負かしたのか、それとも口論に飽きたのか。やっぱり後者かしら、と思いながら、私は彼の視線の先を追って本を覗き込んだ。ちいさな文字がびっしりと並んだページには、かなり古い人物の名が連なっていた。

「歴史書?なんだか、ちょっと意外」
「意外で結構。他人を満足させるために読んでいるわけではない」

 まあ、可愛くない。
 私は指に巻いた髪をぐいとひっぱった。痛い、と少しも痛くなさそうに彼が文句を言うから、もう一度ひっぱる。彼の髪を巻き付けた人差し指はインクに浸したように黒い。夕闇と相まって境目はもう曖昧だ。私はゆっくりと髪をほどいた。あれほどきつく巻き付けたのに、彼の髪にはすこしも跡が残っていなかった。わたしたちの間にはどんなちいさな痕跡も残らないのだと、それを見せつけられた思いがした。
 そんなこと、わかってる。
 闇に手を浸す。あらゆるビジョンのすべては静寂に沈んで、私の手はなににも触れなかった。

「ねえ、やっぱり切ってもいいかしら。気になるのよ、それ」
「だめだ。手を退けろ。杖を抜くな」

 身の危険を感じたのか、彼は慌てて私の手を払おうとした。読んでいた本で頭を庇おうとさえする。私は彼の髪に杖を向けた。暴れればどこを切ってしまうか分からないのに、彼は往生際悪くじたばたと逃れようとした。

「じっとして」
「断る」
「少しだけでいいから」
「穢れた血のくせに触るな」
「うるさいわねリボンで結ぶわよ」
「平然としているなと言っただろう、少しは反論したらどうだ!」
「傷付けたいのなら思いを込めることね。あなたの口調じゃちっとも痛くない」

 彼は言葉に詰まり、代わりに腕をぶんと振った。言い負かしたと知って私はこそりと微笑む。気が逸れた隙をついて杖を振ると、彼の髪がばらばらと床に散った。
 開けた視界に、彼が動きを止める。

「…き」
「あらあやっぱりこっちの方がいいわよ!すっきりしたわ!ね?ほらほら本を読んでも邪魔にならないし!2割り増しで格好良くなったわよ。次からも私が切ってあげるわね!」

 口を挟めないようにまくし立てた。彼は動きを止めたまま、視線で射殺す勢いで私を見つめた。やがて私がちいさな声で、でも、と付け加えると、その言葉に小動物のように噛みついた。

「でも!?でもと言ったか!?」
「でも3日くらいは鏡見ないほうがいいかも」
「殺すぞ、穢れた血」
「あ、今のはちょっと傷付いたわ」

 あははと笑ってみせると、彼は溜息を吐いて頭を振った。そうやって彼は私を諦め、私を受け入れる。
 彼は前髪をつまんで引っ張り、その毛先を見ようとした。けれどどんなに目を凝らしてもそれが見えないので、どうやら落胆しているようだった。まるで髪が伸びる魔法でもかけているかのような真剣な眼差しで、彼は前髪を引っ張った。

「男の子なんだから、前髪は短くてもいいの。そのほうが素敵よ?」

 自分で切り落としておきながらその責任は棚に上げて、私は不器用に彼を慰めた。彼の前髪は、ひいき目に見ても、私が手を加えたことでヘアスタイルとしては壊滅的な打撃を受けていた。彼は恨みがましく髪を放し、私を強く睨み付けたあと、読みかけていた本を同じように睨み付けた。

「読むか」

 本を睨み付けたまま、彼が言う。図らずも傷害を犯した負い目もあって、私は少しだけおずおずと訊ねた。

「でも、読みかけでしょ?」 
「一度読んだ」
「面白かった?」
「そうでもない」

 私は鞄をたぐり寄せ、その中から本を1冊取りだした。

「読む?」
「面白かったか」
「そうでもないわね」

 肩を竦めるようにして言うと、そうか、と彼は言った。そして当然のように手を伸ばす。私は彼に本を差し出し、彼が差し出す本を受け取った。ブラックマーケットで行われる取引のように、私たちは厳粛な面持ちで本を交換した。