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太陽の国(1・夕暮れの窓)

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 彼がつまらない本を2度も読むとは思えないから、これもそれなりに面白いのだろうと思う。研究書の類だったら分野によるけれど、歴史なら読めるだろう。もちろん私も、自分がつまらないと思う本を彼のために持ってきたりはしない。
 そうやって私たちはちいさな嘘を重ねる。
 そうすることでしか護れないもののために、私たちは欺く。自分を、相手を、世界を。
 私たちの間に正しい名前の付くものはなにひとつなかった。細切れの現在、それが私たちが唯一存在を許された時間だった。明日の約束もささやかな贈り物も甘やかな言葉もなかった。けれど手放せなかった。ただ寄り添うだけの無為な時間。日が落ちるまでの短い時間を過ごすために、私たちはここにいる。
 夕暮れの窓が鐘を鳴らす。彼は私が渡した本の表紙に手をかけた。

「お腹空いた。そろそろ大広間にみんな集まる頃かしら」

 ひとりごと、を、私は言う。本を鞄にしまって目を落とすと、私が切り落とした彼の髪が散らばっているのが見えた。これももうじき、夕闇に沈んで見えなくなる。

「暗いところで読むと目を悪くするわよ。───じゃあね、お先に」

 返事を待たずに、手を振って教室を出た。振り返らない。その必要はない。5分後に彼が教室を出ることを、私は知っている。
 私は彼を捕らえているものを知っている。彼が見ようとしているものを知っている。彼が吐いた嘘を知っている。私はひとりの廊下を歩く。天井の高い廊下は、かつんかつんと靴音を跳ね返した。それに追われるように私は足を速める。

 かさなる未来がないことなど、出会ったときから知っていた。