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太陽の国(3・ガーランドガーデン)

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 珍しいところで会ってしまった。
 向こうはまだ気付いていないみたいだから、見かけた、と言うべきか。
 こういうとき、どうしたらいいのか分からない。微笑を浮かべつつ優雅に会釈をすればいいのか、こんにちは良い天気ねと声を掛ければいいのか、それともあなたなど眼中にないわよと無視してしまったほうがいいのか。しかし会釈をするなら向こうが私に気が付いてからのほうがいいだろうし(気付いていない相手に会釈するなんて限りなく間抜けに近い行為だわ)良い天気ねと声を掛けたところでそのあとの話が続くとは思えない。ここは何も見なかった振りをして立ち去るのが一番かしら。足音を立てずにそっと下がれば、彼のことだから絶対に本から顔を上げないだろう。よしこれで行こう。私はそう決めて、そっと息を詰めた。午後の庭はその光の粒子ひとつまでもが美しい。空は広く、喧噪は遠い。眼下に広がる湖は今日も深い青を湛える。大きな木がその枝をかざして作った影の中で、彼はゆっくりとページを繰った。本の世界に入り込むのにこれほど相応しい場所はなかった。暖かく清々しいこの場所には彼の陰気な顔の方が相応しくないとさえ思えた。うららかな春の午後、私ならたとえどんな邪魔が入っても本から意識を外さない。うん、絶対に彼は私に気付かない。
 けれどもほんの少し足を引いたところで

「む」

 どうして顔を上げるのよバカ。もうちょっとだったのに。
 彼は自分で顔を上げておきながら、邪魔をするなと言わんばかりに目を険しくした。
 そんな顔をされてしまった以上、"微笑を浮かべて優雅に挨拶"を選択することは、私にはできなかった。

「集中が足りないわ」

 人が来たくらいで気が散るようじゃダメね。
 見下ろす視線でそう言うと、彼はむっとした顔のまま本に目を戻し、文字を追いながら口を開いた。

「穢れた血の匂いがした」

 私は手首を持ち上げて、くんくんと袖口の匂いを嗅いだ。

「バニラかしら?お菓子作ってたから」
「ああ、それか」

 自分の酷い物言いについては気に留める様子もなく、あっさりと彼は納得した。
 ずいぶんと甘ったるい匂いじゃないの、私の血は。
 
「食べる?」
「結構」
「そう言うだろうと思って、最初からあなたの分は作ってない」

 ふふん、と胸を張ると、彼は本から目を上げて少しだけ笑った。開いたページの上に淡い木漏れ日がひらひらと揺れていた。
 
「食べたかったら作ってあげてもいいけど、高いわよ」
「いらないと言っている」
「美味しいのに」
「自分で作らずとも、食堂担当に作らせればいいだろう」
「自分で作るから楽しいんじゃないの」
「そういうものか?」
「そういうものよ」

 腑に落ちたような落ちないような顔をして、彼はふうむと唸った。

「調薬が上手くいったときの達成感のようなものか」
「うーん、まあ、そんなところかしら」
「しかしそれでは」
「ねえ、」

 話を遮ると、彼はきょとんとして口を閉じた。そして私が話を続けるのを待った。

「見つかるとまずいかしら」

 2秒ほど待つと、彼は私の言葉を飲み込んで、そうか、と言った。

「ここにはあまり人が来ないから油断していた。グリフィンドールの人間はスリザリンに厳しいから、見つかると面倒だな」
「違う。私と一緒にいるところを見られたら、面倒じゃない?」

 彼はまた2秒考えた。

「僕はそれほど面倒なことにはならない。多分、君の方が面倒ごとは多いだろう」
「そうかしら」
「おそらく」
「じゃ、いいわ。私のほうは面倒なことにはならないから」

 させないから。というのが本当のところだけど、それは言う必要のないことだ。
 短い草を踏むとさくさくと音がした。私は彼から3歩ほど離れたところまで近付いて、その日溜まりにすとんと腰を下ろした。足を伸ばすと膝の裏に草の柔らかさが触れた。日に日に高くなる太陽は今日も暖かい光を投げて寄越している。
 私は深く息をして、芽吹いたばかりの春を全身に染み込ませた。
 
「良い天気ね」

 話題としてではなく、事実として私はそう言った。彼は答えない。予想通りだ。

「シフォンケーキを焼いたの。持ってくれば良かった。ピクニックの気分だけでも味わいたかったな」
「僕は食べない」
「私が食べるのよ」
「好きにすればいいだろう」
「食べたかったらそう言えば作ってくるわよ」
「僕は食べない」
「甘いもの、そんなに嫌いじゃないくせに」
「大嫌いだ。吐き気がする」
「じゃ今度はタルトを焼くわね。それともブラウニーがいいかしら?」
「嫌いだと言っているだろう」
「いやがらせ」
「な?」
「覚悟なさい、どんな手を使っても口に入れてみせるわよ」

 高らかに宣言すると、彼は心底嫌そうな顔をした。たぶん、自分の口の中にタルトやらブラウニーやらがぎゅうぎゅうに押し込められているところを想像したのだろう。たとえそれが嫌いなものでなくても、そんな目に遭うのは幸せなことではない。彼が思い描いたであろう姿を想像するとおかしくて、私はたまらずに吹き出した。

「楽しみだわ。ピクニックにわざわざ出かけなくても、楽しいことはあるものね」

 うふふ、と笑うと、彼は片目を細めた。"心底嫌そう"な顔はワンランク上の凶悪さを持った。彼の脳裏によぎった未来は相当にお気に召さないものだったらしい。 
 焼き菓子とサンドイッチを持ってピクニック。
 ああ、そういえばずいぶん行ってないなあ。
 明るい日差しと、にぎやかな声、家族の笑顔。ちいさな妹の手を引いて歩いたっけ。
 知っている歌を片端から歌って、真っ直ぐに笑顔を交わした。温かくて柔らかかった妹の右手。
 ───彼女はもう、私と手を繋いで歩いてはくれないだろうけれど。

「ピクニック。理解に苦しむ行為だ」

 切り落とすような彼の声に、私の心はホグワーツの庭に戻ってきた。顔を上げると、彼は心底嫌そうな顔の上に少しの嘲りを足して私を見ていた。

「なぜわざわざ野原だの山だのに行って食事をしなければならない?家で食べれば済む話だ」
「食事をしに行くわけじゃないわ。一緒に歩いて、一緒に食べて、一緒に帰るのよ。お喋りしながらね」
「わからないな。どうしてそんなことをする必要がある」
「必要のあるなしじゃないのよ」

 ピクニックは、きっと、

「楽しいんだもの。それでいいじゃない?」

 共有することなのだ。食事や、時間や、空気。日常の延長線上にある非日常を。それらの記憶を。
 彼は頭を振った。理解に苦しむ。彼の呟きが聞こえた気がした。
 
「じゃあこうしましょ」

 いいこと思い付いちゃった!という顔をして、私はぱんと手を叩いた。彼は不審に目を眇めた。

「今度タルトを持って出掛けましょう。どこがいいかな。あなたはスコーン作ってきて」
「お断りだ」
「しょうがないわね、じゃクッキーでいいわよ」
「そうじゃない」
「じゃパンケーキで許してあげる」
「分かっていてはぐらかすのはやめろ。タルトもピクニックもパンケーキも全部お断りだ」

 ちっ、と私は小さく舌打ちをした。途端に彼が目顔でそれを咎める。品のないことをするなと、自分の品位も省みずにそういうことを言うのだ、この人は。