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海賊と烏【島国童話】

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はじまりは、海の上。
凪いだ空気の中でゆらゆらと揺れるだけの黒い帆を、重たげに掲げた帆船は
広い水面に木の葉のように漂っていた。
掲げるのは、ぽっかりと空いたうつろな眼窩から薔薇の蔓をたぐらせる悪趣味な髑髏の横顔。
海の荒くれたちが乗り込む船の一室で、
赤いガウンに黒いブーツ、反り返った革の帽子と腰に下げたサーベル。
いかにも、といった風情の男はすこぶる不機嫌だった。


唐突な部下の報告に、その碧眼が歪む。
帽子を脱ぎ、投げやりに壁に引っ掛けるとこれまた荒々しく椅子に体を埋める。
帽子の下から現れた金髪、涼しげな風貌は特徴的な太い眉のせいでどこか幼くも見えたが、
若葉色の眼だけは酷薄に細められている。
アーサー・カークランド。
若くしてこの船の主だ。

ぎしりという非難がましい音に、部下の男は縮こまった。
猛獣の瞳は闇夜に緑色に光るというが、まさしく草叢から猛獣に狙われている気分だ。
「―――――――で?」
返答次第ではただでは済まされない。すくみ上りながら、

「は…その、フランシス殿からの伝言が。『気に入ると思うから置いていくね』と…」
恨めしそうに言う。
フランシスは船舶向けの商人だ。海賊相手には敬遠する商人も多い中で、彼の商いはアーサーにとっても助かるものだったが。
時に不要なものまで押し付けてくる癖があり、そのたびに彼は青筋を立てて商船を追いかけるという図式ができていた。
勿論、大砲を持って。

「くそっ!あの髭野郎、今度はどんなガラクタ寄越しやがった?」
苛ついたブーツが床を蹴る。
部下は目をしろくろさせながら、
「へえ、今地下牢にぶちこんでおいています。三日間も何も食べねえって言うから、本物かもしれません」
アーサーは、はたと顔を上げる。
「何…? おい、どういうことだ。お前、もしかして積荷はナマモノなのか?」
アーサーの顔色が変わる。
フランシスはこれまでも、『世にも珍しい怪物』と称して妙な生き物を寄越してきた前科があった。
危険なものではナイル河のワニだの、アマゾンの人食い猿だの、指まで噛み切れる人面魚だのという扱いに困るものばかり、それも悪びれずに。

「お前ら…象の子供に食い物みんな奪われて餓死寸前になったことを忘れたとは言わさねえぞ。今度はどんな穀潰しだ?返答によっちゃそいつを剥製にでもして高く売り飛ばしてやる」

恐ろしいことを言いながら短筒をベルトにはさむ彼はどうやら本気だ。
乱暴に立ち上がり扉に向かう主人に向かって、部下は遠慮がちに言った。
「おかしら、飯の心配は要らなさそうですよ。なにせ東洋の魔物だって言うんです。もう三日も、何も喋らねえし水も口にしねえんですから」
不可解な説明に眉を顰め、アーサーは地下牢へと向かう階段に靴底を下ろした。

***************

船底にある地下牢は氷のように冷たく、海水の冷気が壁を伝って肌にまとわりつく。
見るに陰気な牢の前を固めているのは、フェリシアーノだ。
彼は自分が投獄されたかのように怯えながら、アーサーを視野にとらえて駆け寄ってきた。
腰が引けている。
「ひどいんだよお、俺にここで見張っていろって。もう三日もたっているのにさ、中の子も死んじゃうよ」
「ご苦労。なんなんだ、魔物とか聞いたが」
「そんなおっかないものを、俺に見張らせるのはおかしいよ!・・・でも、ちょっと見た感じは普通の人間なんだけどね、全然動かないし物音ひとつ立てないんだよ。生きて、るのかな?」

死後三日の死体なんてかなわない。
そう思いながら檻の中を覗き込む。
それは、冷たい床にうつぶせに倒れていた。
白い着物は、どこかで見た東洋の装束に似ている。着物の袖が覆っているので顔ははっきりとはわからない。
床に散った短い黒髪、痩せた薄っぺらい体躯は手折られた花のように力なく横たわる。
牙もなければ、羽根もない、普通の人間に見えるが。

「おい・・・まさか女か?女は勘弁しろよな、船が沈む」
横たわる髪の一本も動く気配がないので、アーサーはギイッと檻のとびらを開けた。
フェリシアーノが小さく悲鳴を上げる。
「だ・・・だめだよアーサー!噛み付かれるかも」
拳銃を指に引っ掛け
「そんなヘマをするか。確認する」
ブーツの先で、小さな頭を軽く蹴る。反応はない。次は、窪んだ腰のあたりに触れると、微弱な呼気を感じた。
思い切って跪き、両足と両手首に絡まる戒めを確認すると、袖を軽く除けてみる。
黒い睫毛、墨を刷いたような涼しげな眉に、バターのような肌の色。
東洋人の特徴と共に、鼻梁のすっと通った癖のない顔立ちだがまだ幼い。
瞼は柔らかく閉じられているがその下の瞳は多分黒なのだろう。
魔物という物々しい表現には似つかわしくない風貌だ。
「・・・なんなんだ?こいつは」
アーサーは立ち上がり、しばらく見下ろしていたが、ふと唇の端を上げるや否や
両腕を戒める鎖を突然つかんで腕から体を引きずり起こし、そのまま叩きつけるようにして壁に縫いとめた。
「おい、起きろ」
衝撃が背中を打つ鈍い音が地下牢に響き、フェリシアーノはぎょっとして
「ちょっと!乱暴しちゃだめだよ」
その声に振り返らずにアーサーは言う。
「こいつは魔物だろう」
「う、そうだけど…なんだか見た目が可愛いから、つい…」
それは確かに。アーサーは心の中で頷く。だが目覚めを待つ暇はない。
「起きろ。身包み剥いで本性を出させてやろうか?」
ぬいとめた手首から、鮮やかな赤い血がつうっ、と垂れた。

手枷を嫌がった跡が幾筋も見えるその腕の、赤を見つめていると
「…そんなに、揺らさないでください」
小さな掠れ声が前髪の下から聞こえた。鎖から手を離すと、体が傾ぐ前に顎を捕まえてこちらを向かせる。
静かに開かれた瞳はやはり漆黒で、眩しそうにアーサーを見ている。
その様子はどこか疲れていて気だるげにすら見える、アーサーを見つめてはいても特に関心は無さそうだった。
もう抵抗する気力もないのかもしれない。
何やらその様子が嗜虐心を煽った。
「連れてこられたお前には不憫だが、得体の知れない奴をこの船には置いておけない。これ以上、食い扶持増やすわけにはいかねえからな。お前は、誰だ?」

風貌からはどちらともとれるが声のトーンからしてこれは男だ。ナイルワニよりは魅力的な商品のようだが。
「・・・名を知りたければ、そちらから名乗るべきではないですか」
眉をしかめて、それは言う。
至極まともな発言だ。
魔物とか言っているこちらが馬鹿馬鹿しくなるような。
「お前の名には、興味がない。俺のモンには俺が名前を付けるんだからな。俺は、お前が何なのかを聞いているんだ。答えな、『東洋の魔物』とやら」
顎を掴む指を拒むように顔が振られたが、アーサーは離さない。
西洋人からすれば当然薄い顔立ちだが、よく見ると品がある。それに矜持も高いと見えた。
アーサーは薄く笑い、
「・・・魔物だとしたら面白いじゃないか。そんなモン飼ってる海賊だってなぁハクがつく」
戒めを重たげにぶら下げたそれは、さっと顔色を変える。
「・・・海賊・・・?」
拒む動きが止まり、それの眉がひそめられた。
作品名:海賊と烏【島国童話】 作家名:うー