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たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(前)

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 思い出すのは、あの日。
 間桐家に連れてこられた日の事。
 私は、私の家族を得た。


 血塗れの廊下に散らばるのは肉片と、蟲達の死骸。
 所々火が小さく燃えていたけれど、そんな事より。
 私の胸を占めていたのは、執拗に追ってくる、襲ってくる蟲達への恐怖と。
「うっおおおお!!しつけぇぇ!!」
「雁夜おじさんいねー時狙いやがってあの糞蟲ぃぃっ!!」
 私を守って、私を庇って、私を逃がそうとしてボロボロになっていく人達へ対する、泣きそうな気持ち。
 その気持ちが何だったのか、本当の所は未だにわからない。
 あの『お爺様』に蟲蔵へと入れられそうになった時。
 怒声や罵声と共に乗り込んで来て、逆に蟲蔵に『お爺様』を蹴り落として、恐怖と絶望で動けなかった私の手を引いて、間桐邸を走り回る事になった人達。
 後に私の父となる人は、廊下を覆いつくす程の蟲達に追われながらも、手にしていた酒瓶を投げて牽制。続けて懐から取り出した小型のボトルを投げた。
 中に入っていたのはガソリンだったらしく、そのすぐ後に火をつけたマッチを一本、いい笑顔で投げて。それだけで蟲達は凄くよく燃えた。
 ざまあぁぁ!!なんて叫んで笑っていたが、足は逃走の動きを見せる。その動きが正しい事を示す様に、蟲達は火に焼かれた分をものともせずに奥から奥から湧いて出た。
 後に私の兄となる人は、私の手を掴んで離さなかった。決して離さずに、私を引っ張りながら、逃げ続けた。
 あんなトコに外から来た奴を!!しかも女の子を入れようとか冗談じゃねぇぇ!!なんて叫びながら。
 先回りしていた蟲にも怯む事無く踏み潰し、蹴散らしながら。
 私は何故こんな事になったのかわからなくて、泣きながら、でも必死で走ってた。理由はわからないけれど、私を助けてくれるらしい二人に、必死でついていく。
 二人は逃げながら、自己紹介をしてくれた。
 間桐鶴野と、間桐慎二。私の父と兄になる事になってしまった人達だと。苦い、とても痛々しい表情で。
 やっぱり私は事態をよく呑み込めなかったけれど、それでも事情を話してくれる二人の言葉を一生懸命聞いて。
 そして、私は遠坂の人達に捨てられたのだと思った。二人はあの爺が騙して丸め込んだに違いないから気にするなって言ってくれたけれど。……少なくとも、その時の私には同じ事だった。
 でも。それでも。
「心配すんな。おじさんがその内来るから、それまで踏ん張ればどーにかなる。お前はあいつが手下にする為に連れてきたんだろうし、最悪でも殺される事はない筈だ」
 私を宥めて、慰めて、頭を撫でてくれたお兄ちゃん。
「蟲蔵には入れさせん、入れさせんぞ!!ちっくしょう、折角糞蟲爺に見つからん様に集めてた聖水がっ!!だが蟲姦で非処女なんざ間桐に生まれた男共だけで十分なんだよふざけんなぁぁ!!」
 私とお兄ちゃんの前に立って、荒ぶりながら、怒鳴り散らしながら、蟲達から私達を守ってくれていたお父さん。
 二人とも、種類も大小も様々な蟲達に噛まれ、齧られ、切られ、裂かれ、刺されて。
 ……本当に、ボロボロだった。
 血塗れで、腕なんて肉が削り取られて、足も噛み千切られてその肉片が廊下に落ちて。
 それでも私の手を離さないお兄ちゃんと、笑って蟲達に抗うのを止めないお父さんがいた。
 何故そこまでするのか、できるのか私にはわからなかった。
 だって、私の父に、兄になると言っても、そんなの実感なんてある訳がない。この時が初対面だ。
 少しだけ親交があった雁夜おじさんの身内とは聞いたけれど、それにしたってここまでするなんて信じられなかった。
 そう素直に口に出したら、二人共に苦笑して。
「間桐に生まれた奴はその時点で詰みなんだよ。だから、僕達は好きにするって決めたんだ」
「開き直って居直って、吹っ切ったモン勝ちだからな!!雁夜も仲間だ!!」
 だからお前も諦めるな!!と。
 矛盾している様な、よくわからない様な事を言って、笑っていた。
 血だらけのまま。息を切らしたまま。それでも、笑って……私の傍に、居てくれた。
 私にはいろんな事を含めて、やっぱりよくわからなかったけれど、その時に、はっきりと確信した事がある。
 この人達は、私の味方なのだと。
 遠坂の人達に捨てられた私の、絶対の味方で、私の家族になる人達なのだと。


 結局、数の多すぎた蟲達には勝てなくて、いやらしい笑みと共に蟲をけし掛ける『お爺様』の目の前で、私達が蟲達に群がられ、蹂躙されるその直前。
「何してやがる糞爺ぃぃぃっっ!!!」
 怒号。爆発音。破裂音。そしてあの『お爺様』の……蟲爺の悲鳴。
 それが耳に届いたと同時、群がっていた蟲達が退いていった。
 私を蟲達から守る為に私の身体を抱き込んでいた兄と、それを更に庇う様に兄ごと抱き込んでいた父の腕のその隙間から見えたのは、雁夜おじさんだった。
 間桐雁夜。お母さんの幼馴染みで、たまに会えばいろんな楽しいお話をしてくれて、素敵なお土産をくれる、優しい人。そんな認識だったけれど。
 久し振りに見るその姿は、記憶とあまり一致しなかった。
 黒髪だったそれは、見事に白に染まっていて。
 優しげに私や姉、母を見ていた眼差しは、蟲爺への怒りの為に鋭く、ギラついていて。
 柔らかく私の名を呼んでくれていた声は、荒れて、怒りを孕んで、その場に響いて。
 私達を襲っていた筈の蟲達の半分程を従えて、蟲爺へ立ち向かう。
 勿論あんな妖怪糞蟲爺に勝てる訳なんかなくて、雁夜おじさんもボロボロになっていく。
 元々間桐の結界を力任せに突破して、此処に辿り着くまでにも蟲達に阻まれて、既に傷を負っていたのに。更に酷い状態になっていく。
 それでも止めない。諦めない。時には爆弾なんかも使って、屋敷を吹っ飛ばして、あの化け物に全力で抵抗していた。
 ……結果として、あの妖怪は私を諦めた。
 隙を見て私を蟲蔵に入れるつもりであったのだろう。それでも、その場は諦めて、撤退した。
 そして、雁夜おじさんは。
「……桜ちゃんっ……!!どうして、君がっ……!!ごめんね、遅くなって本当にごめん……!!」
 泣きそうな顔で謝って、抱き締めてくれた。
 その時、おじさんはボロボロで。謝るのは私の方で。でも何も言えずに、私は泣いてしまった。
「くそっ、何考えてやがる時臣の奴……!!葵さんも何してんの!?つーか兄貴も慎二君も無茶しすぎだろぉぉ!!」
 おじさんも泣いていた。ぼろぼろと涙を零して、血と、汗と、涙と、鼻水と。ぐちゃぐちゃのまま、私ごと、お父さんとお兄ちゃんも抱き締めて。
「………でもっ……ありがとうっ………」
 私を守ってくれて、ありがとう、って。
「お前も無茶してんだからお互い様だろーが……あーもー、私も泣けてきたじゃないかあほー!!……雁夜のあほー……うぅ」
「親父も最初っから泣いてたろ。全く、これだからオッサンは」
「うるへー息子!!お前が一番無茶だろばかぁぁ!!」
「慎二君死んだら俺達結構爺と刺し違える気満々だからね!?いや桜ちゃんはどーにかしてからするけど!!」
「わ、わたしもする!!わたしもまもるっ!!」
「へっ、え?」
「さ、桜ちゃん?」
「……無理すんな」