たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(後)
マキリ・ゾォルケン。
理想を抱いていた頃など、今は遠い昔だ。
劣化し、磨耗し、目的を見失い、外道へ堕ちた哀れな爺。
間桐臓硯。
それが、今の己だ。
……まぁ、全てを説明せねばならんと言うのであれば。
「蟲爺でよくね?」
「手の平サイズのな!!」
「蟲でいいんじゃない?こんなの」
「そうですねぇ」
「貴方の過去にも現在にも興味は欠片もありませんし……蟲は隅でうぞうぞ蠢いていればいいでしょう」
「何こいつらひどい!!というか駄犬!!完全部外者の貴様にだけは言われたくないわ!!しかも言っとる事が一番酷いのはどういう事じゃあ!!」
「貴方には駄犬と呼ばれる覚えはありませんね、蟲の方。一言で貴方を表す的確な言葉ではないですか、蟲の方」
「何じゃとこの犬めが!!」
「何です蟲の方」
ぅおのれこの糞犬めが!!
大体いつまでこの家に居るつもりなんじゃ英霊じゃろ貴様!!
「貴様なんぞ早よ座に還るがよいわ!!」
「私は雁夜と兄上殿と桜と慎二を看取ってから現世を去ると決めておりますので」
「なっが!!どれだけ居座る気じゃ貴様ァ!!」
「貴方が無駄に生きてきた時間より余程短いでしょう。私の姿を視界に映したくないのであれば、土にでも埋まっていて下さい、蟲の方。ああ、トイレにでも流して差し上げましょうか」
「またそれか!!ワシを何だと思っておるんじゃ貴様ァ!!」
「蟲ですが何か」
「おのれぇぇ!!」
最近うちの連中の嫌味が止んだと思ったら糞犬が吠え出しおって!!
ぎゃいぎゃいと犬と口論をしていれば、他の連中は呆れた面で此方を眺めつつ、茶を啜っている。
おのれこの出来損ない共め!!
「あーはいはい。いいから爺もランスも落ち着けって」
「お茶淹れますねー」
「爺はいつも通り人形サイズのアレか」
「昔の遊び道具がこんな事で役に立つとは思ってませんでしたねー」
「普通の湯呑みだと滑って被るからなぁ」
「リアルおままごとが出来るな!!孫にやらすか!!」
「お断りします、お父さん」
「そりゃ蟲でおままごととか狂気の沙汰だよな」
「おのれ貴様等!!ワシを舐めるのもいい加減に……」
「誰が貴方の様な蟲を舐めるというのですか気持ち悪い」
「駄犬んんん!!」
けらけら笑う、間桐の当主となった雁夜。
酒を片手に、鶴野も笑う。
桜も、慎二も、こんな歪み、壊れ、狂った家で、それでも楽しそうに笑っている。
……ランスロットという名の騎士も。
自分はこの間桐で。
こんなにも腐ってしまったというのに。
……聖杯は使い物にならない。
己の望みは叶わない。
それを悟ってしまい、自身に何も残っていない事を確認し。
歪みだけを抱えた己は、もう消えてしまうべきだろうに。
「……いきなり大人しくなりましたね。気持ち悪い」
「何か企んでるんじゃねーのか爺。まぁ、そんなもん潰すけど」
「酒ぶっ掛けるか!!」
「親父はそれしかねーのか」
「大丈夫ですよ、その時は私が食べちゃいますから」
「こんな蟲の為に能力を使うなどいけませんよ、桜。私が消し飛ばしますので、その時はご命令下さいね、雁夜」
「ランスは忠犬だなー」
「……貴様等ァァ……!!」
それはそれとして、舐めすぎじゃろこやつら!!
「ええい、ワシはそう簡単にやられんぞ!!貴様等の最期まで付き纏ってやるわ!!覚悟せい!!」
びしぃっと指を突きつけてそう宣言すれば、奴等は一様に嗤う。
間桐の笑みで、それぞれに。
……こやつらも、やはり間桐よ。
しかしこの間桐共が、どんな幸せを得るというのか。
……ワシはそれを、見届けてやろう。
己の心の内だけでそれを決め。
ワシはまた、口答えしてくる出来損ない共に応戦するべく、口を開いた。
作品名:たとえばこんな間桐の話の蛇足の話(後) 作家名:柳野 雫