ふしぎなひと。
side A
「お、おはよう、喜八郎!」
長屋横の井戸で顔を洗っていると、先輩が通ることがある。
朝も早いというのに泥まみれ。
ぼさぼさの髪の毛には、小枝や葉っぱが絡みついていて、肘のあたりには擦り傷。
いったいこんなに朝早くからなにをしているというのか。
持ち物は日によってまちまちだ。
壺だったり、四角い小さな箱だったり、風呂敷包みだったりする。
でもいつだって大切そうに抱えている。
いったい中身はなんだというのか。
竹谷八左ヱ門先輩というのは、とにかく不思議な人だ。
僕の仕掛けたトラップについて、面と向かって文句を言ってくる。
トラップについて怒られることはそんなに珍しくはないけれど、この人はちょっと変わってる。
「喜八郎! どこにもかしこにも罠ばっかしかけやがって!」
そう言ってはずせだの埋めろだの、面倒くさい要求をしてくる。
トラップを外すこと自体に異存はない。
誰かが引っ掛かるなり見破るなりしたトラップに価値はないのだから。
だからフミ子を連れて罠を外しにいく。
ここからが竹谷先輩の不思議なところ。
先輩が外すようにいった罠は、まだ全然発動してないものがほとんど。
つまり先輩は見破っているんだ。
僕の仕掛けた罠を。
不思議だなぁ。
細心の注意を払ってカムフラージュしてるのに。
ぱっと見たくらいじゃ全然わからないし、よーく見てもやっぱりわからないのに。
どうしてトラップがあるってわかるんだろう。
それよりもっと不思議なのが、どうして引っかかってもないのに文句を言うのかっていうこと。
なんでそんなに怒るんだろう。