年上の後輩
「えぇ〜! プロデューサー、それ、どういうこと!?」
プロデューサーの提案に自分はすっとんきょうな声を上げてしまった。
いつだってそうだ。自分のプロデューサーのやることには驚かされてばかりだ。
「あ〜、つまりだな。つい最近俺がピンと来てスカウトした子がいるんだが、どうにもやる気に欠けてな……。そこで響にお目付け役をやってもらおうと考えたんだ」
「で、でも! そりゃ自分、765プロのみんなとはいつも一緒だったけど、これまでずっとソロで売りだしてきたのに」
「さすがに今すぐには無理だろうな。だが、いずれはデュオを組むことも視野に入れてるって話さ」
「けど……」
その時、場違いなあくびが突然聞こえてきたような気がして(美希はとっくに営業に行ったはずだし)、自分の気勢は一気に削がれてしまった。
「ふぁ……。まだ話終わらないの、プロデューサー……?」
「すまん杏。もうちょっとかかりそうだからなんとか我慢してくれ」
その子がプロデューサーの後ろからのっそりと出てきたとき、自分はようやく誰の声なのかわかった。152cmの自分よりさらに頭ひとつ小さくて小柄だったから気づかなかったぞ……。
「ねぇプロデューサー。誰、この子?」
「ああ、この子こそが響と組むことになったアイドル候補生、双葉杏だ」
「え……この子が……?」
自分、本当に言葉に詰まっちゃったぞ。だってなんか凄く眠たそうにしてるし、見るからにやる気なさそうだし、なんて言うかどう考えてもそれっぽくないし。
「ほら、先に挨拶しないとダメだろ杏。初対面なんだし、一つ下とはいっても響の方が先輩なんだから」
え、この子ってこの体で17歳なのか?
自分が驚き終わってからさらに三つくらい数えた後、杏はカメみたいにもたもたと、気だるそうに挨拶をした。
「これからよろしくお願いします、我那覇響先輩……。えと、もうこれで帰っていいよね、プロデューサー……」
「い、いやそういうわけには……」
な、なんだこいつ……。
今度ばかりは自分、なんくるなくないかもしれないぞ……。
はいさい! 自分、我那覇響。沖縄生まれの16歳。自分、芸能事務所765プロダクションでアイドルやってるんだ。
それで今、プロデューサーからの突然の頼みにうぎゃ~ってなってる。いくらカンペキな自分でもさすがにこの子のお守りは骨が折れるさー……。
「こら、杏! 一時間も遅刻して何やってたんだよ〜」
「えへへ、今日は雨降ってるし休もうかな〜。なんて」
「今日は写真撮影やるって言っておいただろ。自分たちだけじゃなくて先方まで待たせることになるんだぞ」
「ま、まあ二人ともそれくらいにして……」
こうやって大事な日なのに平気で遅刻するし。
門前払いされなかっただけラッキーなのに今度は……。
「えぇ〜。杏、そんな服着るのヤダよプロデューサー。むしろこの服以外着る気ないというか……」
「まあそう言わずに。物は試しって言うだろ」
「そうだぞ、杏! シャツ一丁で渡っていけるほど芸能界は甘くないっ」
無地の白いシャツに直筆の筆字でデカデカと「働いたら負け」なんて書いてある。ある意味目立つけどさ。
「ほら、脱いだ脱いだー!」
「やめろー! 座右の銘なんだこれはー!」
「着〜る〜の〜」
自分はどうにかして杏の服を脱がそうとするけど、じたばた暴れるもんでなかなかうまくいかない。
それを見てたプロデューサーはなにやらスーツのポケットをまさぐり始めた。むむ……何をする気なんだー?
「あ、あった。……なあ、杏。いったん休憩してこのアメでもなめないか?」
「えっ、くれるの?」
おお、杏の動きが止まったぞ。今がチャンス!
「脱がせるさー!」
「なあっ、図ったなー!」
「よいではないか、よいではないかー!」
ここまでくればこっちのもの。抵抗する暇もあげずに着替えさせてやったさー!
すると……。
「なかなかいいじゃないか、杏!」
「あ、あれ……結構いけそうだぞ、これなら」
と、プロデューサーが率直な感想。
プロデューサーが丹念に選んでくれた白を基調に青を配色した衣装。それ単体でもかなり良さそうだったけど、杏に着せてみるとここまで似合っているとは……。
「そ、そう言われてみれば悪くない……かも」
本人もまんざらじゃないみたいだし。
この一悶着の後、自分たちは駆け足で撮影所に向かった。
「走るさー!」
「はぁはぁ……ま、待って」
ああ、やっぱりカメラマンさん怒ってる……。
「遅い、遅いよ765プロさん!」
「す、すみません。準備に手間取りまして……」
「後で自分のサインあげるからさー!」
どうにか先方のご機嫌をとってるうちに、カメラマンさんの目が杏に止まった。
「ん? ひょっとしてこの子が双葉杏?」
「そ、そうですけど……」
杏を叱りつけるのかな……と思いきや、
「いい、いいねえ、すごくいい! 新感覚っていうか、今までにないっていうか!」
「え? は、はぁ……」
「いやーそれならそうと早く言ってくださいよ765プロさん! さっそく撮影に移らないと!
な、なんかあっさりカメラマンさんの機嫌が直っちゃったぞ〜!?
自分があっけにとられてる間に次々とシャッター音とフラッシュが撮影所内に広がっていく。
「あ、杏、そんなポーズとるのやだなぁ……疲れるし」
「お〜いいね、その表情」
「も、もう帰りたい……」
「うんうん、どんどん調子出てきてるよ〜」
自分にはまだイマイチわかんないけど、プロデューサーがピンときたのってこういうとこなのかな……。
やっぱりプロデューサーってすごいのかも。
さて、見てくれの受けは意外といいことがわかった杏だけど、実力の方はまだつかめない。
才能とか限界とかを語る以前にちっとも本気にならないんだから。
「こら、杏! こんなところにいたのか!」
「げ、響先輩……」
この日は休憩中にレッスン場から抜けだしたのをプロデューサーと手分けして探したんだ。
いつもは「もういやだ」とか「早く帰りたい」とかぐだぐだ言ってるのに、今日は珍しくマジメだな……って油断してたらこれだ。
「ふっふっふっ……ボイトレで喉を使ったからって自販機でジュースを買っていたのが命取りだったな。さ、レッスン場に戻るぞ」
「いやだー! もうあれで精一杯。労働基準法違反で訴える〜!」
「まだまだこれからが本番ってところさー!」
自販機の端にしがみついたまま動こうとしない杏の肩を掴んでどうにか引き剥がそうとする。
見た目通り非力で体力もないくせにこういう時だけは力が出るんだから……。
「あ、響先輩」
「なんだよ」
「自販機の一番上の段、手届く?」
「あーもう!」
自分はぐいっと力をこめて杏を自販機からひっぺがすと、そのままずるずると引きずっていった。
「い〜や〜だ〜!」
「それと『先輩』はナシ! なんかこう……他人行儀で背中のところがむず痒くなるんだよ、そういうの」
「え〜、部活とかやったことないから新鮮で楽しいんだけど……」
「そういう遊び感覚が良くないんだって。自分たちはカンペキじゃないといけないんだから!」
「あ〜、悪役みたいなセリフ」
「やる時は真剣にやるってこと!」
プロデューサーの提案に自分はすっとんきょうな声を上げてしまった。
いつだってそうだ。自分のプロデューサーのやることには驚かされてばかりだ。
「あ〜、つまりだな。つい最近俺がピンと来てスカウトした子がいるんだが、どうにもやる気に欠けてな……。そこで響にお目付け役をやってもらおうと考えたんだ」
「で、でも! そりゃ自分、765プロのみんなとはいつも一緒だったけど、これまでずっとソロで売りだしてきたのに」
「さすがに今すぐには無理だろうな。だが、いずれはデュオを組むことも視野に入れてるって話さ」
「けど……」
その時、場違いなあくびが突然聞こえてきたような気がして(美希はとっくに営業に行ったはずだし)、自分の気勢は一気に削がれてしまった。
「ふぁ……。まだ話終わらないの、プロデューサー……?」
「すまん杏。もうちょっとかかりそうだからなんとか我慢してくれ」
その子がプロデューサーの後ろからのっそりと出てきたとき、自分はようやく誰の声なのかわかった。152cmの自分よりさらに頭ひとつ小さくて小柄だったから気づかなかったぞ……。
「ねぇプロデューサー。誰、この子?」
「ああ、この子こそが響と組むことになったアイドル候補生、双葉杏だ」
「え……この子が……?」
自分、本当に言葉に詰まっちゃったぞ。だってなんか凄く眠たそうにしてるし、見るからにやる気なさそうだし、なんて言うかどう考えてもそれっぽくないし。
「ほら、先に挨拶しないとダメだろ杏。初対面なんだし、一つ下とはいっても響の方が先輩なんだから」
え、この子ってこの体で17歳なのか?
自分が驚き終わってからさらに三つくらい数えた後、杏はカメみたいにもたもたと、気だるそうに挨拶をした。
「これからよろしくお願いします、我那覇響先輩……。えと、もうこれで帰っていいよね、プロデューサー……」
「い、いやそういうわけには……」
な、なんだこいつ……。
今度ばかりは自分、なんくるなくないかもしれないぞ……。
はいさい! 自分、我那覇響。沖縄生まれの16歳。自分、芸能事務所765プロダクションでアイドルやってるんだ。
それで今、プロデューサーからの突然の頼みにうぎゃ~ってなってる。いくらカンペキな自分でもさすがにこの子のお守りは骨が折れるさー……。
「こら、杏! 一時間も遅刻して何やってたんだよ〜」
「えへへ、今日は雨降ってるし休もうかな〜。なんて」
「今日は写真撮影やるって言っておいただろ。自分たちだけじゃなくて先方まで待たせることになるんだぞ」
「ま、まあ二人ともそれくらいにして……」
こうやって大事な日なのに平気で遅刻するし。
門前払いされなかっただけラッキーなのに今度は……。
「えぇ〜。杏、そんな服着るのヤダよプロデューサー。むしろこの服以外着る気ないというか……」
「まあそう言わずに。物は試しって言うだろ」
「そうだぞ、杏! シャツ一丁で渡っていけるほど芸能界は甘くないっ」
無地の白いシャツに直筆の筆字でデカデカと「働いたら負け」なんて書いてある。ある意味目立つけどさ。
「ほら、脱いだ脱いだー!」
「やめろー! 座右の銘なんだこれはー!」
「着〜る〜の〜」
自分はどうにかして杏の服を脱がそうとするけど、じたばた暴れるもんでなかなかうまくいかない。
それを見てたプロデューサーはなにやらスーツのポケットをまさぐり始めた。むむ……何をする気なんだー?
「あ、あった。……なあ、杏。いったん休憩してこのアメでもなめないか?」
「えっ、くれるの?」
おお、杏の動きが止まったぞ。今がチャンス!
「脱がせるさー!」
「なあっ、図ったなー!」
「よいではないか、よいではないかー!」
ここまでくればこっちのもの。抵抗する暇もあげずに着替えさせてやったさー!
すると……。
「なかなかいいじゃないか、杏!」
「あ、あれ……結構いけそうだぞ、これなら」
と、プロデューサーが率直な感想。
プロデューサーが丹念に選んでくれた白を基調に青を配色した衣装。それ単体でもかなり良さそうだったけど、杏に着せてみるとここまで似合っているとは……。
「そ、そう言われてみれば悪くない……かも」
本人もまんざらじゃないみたいだし。
この一悶着の後、自分たちは駆け足で撮影所に向かった。
「走るさー!」
「はぁはぁ……ま、待って」
ああ、やっぱりカメラマンさん怒ってる……。
「遅い、遅いよ765プロさん!」
「す、すみません。準備に手間取りまして……」
「後で自分のサインあげるからさー!」
どうにか先方のご機嫌をとってるうちに、カメラマンさんの目が杏に止まった。
「ん? ひょっとしてこの子が双葉杏?」
「そ、そうですけど……」
杏を叱りつけるのかな……と思いきや、
「いい、いいねえ、すごくいい! 新感覚っていうか、今までにないっていうか!」
「え? は、はぁ……」
「いやーそれならそうと早く言ってくださいよ765プロさん! さっそく撮影に移らないと!
な、なんかあっさりカメラマンさんの機嫌が直っちゃったぞ〜!?
自分があっけにとられてる間に次々とシャッター音とフラッシュが撮影所内に広がっていく。
「あ、杏、そんなポーズとるのやだなぁ……疲れるし」
「お〜いいね、その表情」
「も、もう帰りたい……」
「うんうん、どんどん調子出てきてるよ〜」
自分にはまだイマイチわかんないけど、プロデューサーがピンときたのってこういうとこなのかな……。
やっぱりプロデューサーってすごいのかも。
さて、見てくれの受けは意外といいことがわかった杏だけど、実力の方はまだつかめない。
才能とか限界とかを語る以前にちっとも本気にならないんだから。
「こら、杏! こんなところにいたのか!」
「げ、響先輩……」
この日は休憩中にレッスン場から抜けだしたのをプロデューサーと手分けして探したんだ。
いつもは「もういやだ」とか「早く帰りたい」とかぐだぐだ言ってるのに、今日は珍しくマジメだな……って油断してたらこれだ。
「ふっふっふっ……ボイトレで喉を使ったからって自販機でジュースを買っていたのが命取りだったな。さ、レッスン場に戻るぞ」
「いやだー! もうあれで精一杯。労働基準法違反で訴える〜!」
「まだまだこれからが本番ってところさー!」
自販機の端にしがみついたまま動こうとしない杏の肩を掴んでどうにか引き剥がそうとする。
見た目通り非力で体力もないくせにこういう時だけは力が出るんだから……。
「あ、響先輩」
「なんだよ」
「自販機の一番上の段、手届く?」
「あーもう!」
自分はぐいっと力をこめて杏を自販機からひっぺがすと、そのままずるずると引きずっていった。
「い〜や〜だ〜!」
「それと『先輩』はナシ! なんかこう……他人行儀で背中のところがむず痒くなるんだよ、そういうの」
「え〜、部活とかやったことないから新鮮で楽しいんだけど……」
「そういう遊び感覚が良くないんだって。自分たちはカンペキじゃないといけないんだから!」
「あ〜、悪役みたいなセリフ」
「やる時は真剣にやるってこと!」