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年上の後輩

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「わ〜かった、わかったよ。響先輩っ」
 これまでまともなレッスンになったことってあったっけ?
 やっぱりプロデューサーってすごくないのかも……。
 
「プロデューサー、少しは杏になんか言ってやってよー!」
「ま、まぁ落ち着けよ響」
 事務所に帰ってから自分、とうとうプロデューサーに文句言っちゃったぞ。
 なんだかんだでプロデューサーのことは信頼してる自分だけど、もう我慢の限界だったんだ。
「落ち着けるわけないだろー! プロデューサーがビシッと言ってやらないから自分まで軽く見られるんだ」
「い、言いたいことはよーくわかるぞ、響君。しかしここは気を静めたまえ」
「響ちゃん……」
 社長もピヨ子(事務員の小鳥のこと)も引いちゃってるけど、自分、このくらいじゃ引き下がらないさー!
「俺は杏に厳しくするのはかえって逆効果になるというか、個性を殺すことになってしまうと思ってな。こうやって長い目で見てるんだ」
「だからってあれはひどすぎるぞー!」
「け、けどな。いままで響が厳しいことを言って杏が素直に従ったことがあるか?」
「それはない……けど。だとしてもなんでお目付け役が自分なんだよ? 杏とは誰が似合ってるか自分でも一目でわかるぞ。ほら」
 自分は事務所のソファーの方を振り向くと、そこには仲良くぐったり倒れてるのが二人。
「あふぅ……今日は疲れたの〜」
「じ、人生で一番頑張った気がする……」
 美希と杏。二人は気が合うみたいで杏の言うことに「ミキもそう思うな」とうなずいたり、逆に美希の言うことに杏が便乗したりする。
 美希なら楽して杏の面倒を見れるし、実力で杏を引っ張っていけるし、いいことづくめだと思うぞ。
「う〜ん。パッと見ならそうなんだが、俺は響と杏ならピッタリなコンビになれると思ったんだ。ちょうど響と貴音の仲がいいようにな」
「ど、こ、が、ピッタリなんだよー! 自分、ときどきプロデューサーの考えてる事が本気でわからなくなるぞ……」
 確かに自分と貴音は全然違うけど、それでも沖縄から上京してきてからこっちずっと一緒に助けあって頑張ってきた仲なんだ。まるっきりやる気がないのとは話が違うさ。
「でも、プロデューサーがそこまで言うなら信じてあげてもいいぞ」
「え?」
 プロデューサーは面食らったような顔をしてるな。意地を張るのにいい加減疲れたっていうのもあって唐突に言っちゃったかな。
「プロデューサーのやることはだいたいうまくいくし! だから今度のこともなんくるなくなるさ、たぶん」
「そこはいつも、とか絶対、とか言ってほしかったな……」
「だってプロデューサー、普段はいいアドバイスをくれたりするのに、たまにトンチンカンなことを口走ったりするぞ」
「そ、それはだな……」
 こうやって情けないところもあるけど、やっぱり自分はプロデューサーのことを頼りにしてる。どこをどう……っていうのはうまく言えないけど。

 その後も杏の態度は全く変わらずに日々は過ぎていった。
「や、やっと帰れる……」
 今日はごく限られた地方で発行されてる雑誌の写真を撮らせてもらった。
 あまり雑誌に詳しくない自分はもちろん、プロデューサーでさえ聞き覚えがないとこぼすくらいマイナーな雑誌だったけど、杏のためにプロデューサーが苦労してやっと見つけてくれた仕事なんだ。
「ぐー……」
 でも当の本人は感謝のそぶりもなく帰りの車に揺られてすっかり寝入っちゃってるぞ。
 ま、弱音を吐きながらもどうにかやることはやったっていうのは少しは褒められるところだな(プロデューサーがアメをくれるとかなんとかいってなだめすかしたのが大きいとはいえ)。
「それにしても……」
 そんなに芸能活動がしんどいならどうして辞めないのかな? ってちょっと厳しいけど素朴な疑問が頭に浮かんだ。
 正直あの調子じゃいつ辞めちゃってもおかしくないはずなのに、一応ここまで粘ってるのには驚きだ。
 だから自分はいずれ杏と折り入った話をしたいって思ったんだ。

「お疲れ様っ! プロデューサー!」
 事務所を後にした自分はいつもの帰り道を歩いていった。
 普段と違うことは隣に杏がいるってこと。
「そういえば響先輩と一緒に帰るのって初めてな気がする。同じような帰り道なのに不思議だねっ」
「いつも杏が事務所で寝入っちゃうからだろ〜。自分は動物たちの世話をするために少しでも早く帰らなきゃいけないんだから」
「そっか杏、今日は車の中で充分休めたから」
「ああ、仕事に慣れてきたのかもな」
「仕事に慣れる……? この杏がねぇ……」
 ありゃりゃ、珍しくちょっと考えこんじゃってる。
 少しずつでもアイドルって仕事が板についてきてるのがそんなにショックだったのかな。
「そういえばさ、杏はどうしてアイドルになろう、って思ったんだ?」
 会話が途切れてからしばらくして、自分は杏に聞いてみた。
「え〜? あの時のことはあまり思い出したくないんだけど」
「あの時って、プロデューサーにスカウトされた時、だよな?」
 ど、どうやって杏をその気にさせたんだ、プロデューサー……?
「あの時は嫌々買い物に行って公園で休んでたところをプロデューサーに声かけられて……」
「ふんふん」
「杏はめんどくさいしアイドルだろうがなんだろうが働くなんてお断りだーって思ったんだけど」
「知らない人に声かけられたことは別にいいのか……?」
「アイドルになれば印税でたくさん儲けて一生楽に生きていけるって言われたからつい……ああ、悪い大人に騙されたかわいそうな杏ちゃんっ!」
「へ?」
 な、なんだそりゃ……?
 芸能活動なんて楽どころかかなりハードな仕事だって考えなくてもわかるはずなのに……いや、そんな生半可な気持ちでここまでやれてるのはむしろすごいのかも。
「じゃ、じゃあさ、そんなに嫌だー、とか騙されたー、なんて思ってるならなんでこれまでアイドル続けてるんだ?」
「えっ? え〜と……」
 おいおい、さっきにも増して真剣に考え込んじゃってるぞ。
 まさか自分にもわかんないってことはないと思うけど……。
「杏にもわかんないっ」
 ……なにもド直球で来ることないだろー。
「レッスンでヘトヘトになったり、ああしろこうしろって次々に言われたり。すごく疲れるし嫌なのに、なんだかんだで悪くないっていうか……なんでかはわかんないけど」
「そ、そっか」
 ふーん、何も考えてないと思いきや杏なりに思うところはあるのか……。
「そういう響先輩はなんでアイドルに?」
「そんなの決まってるさー! カンペキな自分を全国のみんなに届けるためっ!」
「お金のためじゃなくて?」
「そりゃ、ハム蔵にいぬ美にブタ太に……動物たちと楽しく暮らすのにお金は必要さ。有名になって沖縄の家族を喜ばせたいとも思う。でも、やっぱり一番は全国のみんなに自分のカンペキなところを伝えて、それでファンになってくれた人たちの期待にカンペキに応えるってこと! こういうの忘れたりしないのって結構大事なことだと思うぞ?」
「う〜ん、いきなりファンって言われても目に見えるものじゃないし実感わかないよ」
「杏はまだまだこれからさー。でもきっとわかる時がくるっ」
「そうかなぁ」
作品名:年上の後輩 作家名:てっく