機動星戦記ガンダムB 第一話「開始」
「ドラジルの奴ら、まだ署名活動を行っているのか?」
後ろで自販機からコーヒーを買った、同期のギンク・コーナが呆れた口調で言った。
彼の言うことも分かる。ドラジルというのは、宇宙に住んでいる人間の安全と、水や食料の安定を地球連邦に訴えかけている組織だ。署名活動により、多数の意見をぶつけて通すという真っ当な考えを持っている組織である。
しかし、問題があった。それも、とても大きな。
彼らは武力にモノを言わせることにしたのだ。アナハイムも軍事を行うことに賛成し、資金の援助を行っている。また、戦争の可能性を上げてしまっただけだった。
そう頭に浮かべている男、ディーロ・バーノゥは同期の言葉に相槌を打ちつつ、実のところ上の空だった。
ギンクが、食堂のテーブルに着いているディーロの隣に座って、顔を覗き込みながら言う。
「ディーノ。お前はどう思う?」
ディーノとは、ディーロの愛称である。略称がディーノ。ディーノ自身、この名前で呼ばれることに慣れていない。
士官学校を主席で卒業した彼に、友人と呼べる人間が少なかった。その数少ない友人にもどこか他人行儀に振舞ってしまい、他人という線引きをしてしまっていた。
しかしとするが、ここの人間たちはそんなディーノの引いた線を軽く飛び越えてしまうほど、フレンドリーだった。そこが少し苛立つところだったが、また新鮮さも感じていた。
「ドラジルの連中の言い分もおかしいとは思わないか? 『協力してくれる人間はすべて同じ意思の下に立っている』だってよ」
「いいんじゃないか。好きにやらせれば。結局、俺たちがやるのは奴らの暴走を抑えること」
「あわよくば、中枢の破壊か」
ディーノの言葉にギンクが続けた。
中枢の破壊。本拠地を叩くというところか。ドラジルの味方をしているコロニーは多い。ひとつひとつ当たるのは骨が折れるし、ディーノ達の軍であるエレスブルクの信用を落とすことにも繋がってしまうだろう。
エルスブルクとは、地球連邦が作った特殊部隊である。目的は複数あるが、大きな目的はドラジルの抑制。ドラジルが大きくなれば、地球連邦もスペースノイドの援助という意見から目を背けるわけにいかなくなる。
わざわざ新兵を引き込んで作った軍隊だけあって、連携も取れていない。
(奴らは、士官学校で何を学んだんだ・・・)
廊下で騒ぐ声がだんだんと聞こえ始め、扉の前を人影が横切っていった。宇宙空間でありながら重力が発生するのは、遠心力による擬似的なものだ。昔から使われているもので、グリプス戦役などで戦っていたアーガマにも、この技術が搭載されていたらしい。
すると、人の技術も進歩していないのだな、とディーロは思った。
いや、もしかしたら人間自身が進歩していないのではないか、とすら考え始め、そのトンデモ思考を生んだ頭を振って、冷静になる。
「ままよ・・・」
どうしたって、このまま戦争になることに変わりはない。今まで自衛隊のような活動をしてきたディーノ達も、いよいよ作戦に加わるのだ。
作戦と言っても、まだ指示もされていない。ただ一言「次の作戦には、諸君らも加わることになった」とだけ伝えられている。
指示されていないだけで、実は作戦への準備段階は始まっているのではないか?
ギンクがコーヒーを飲み終え、カップをゴミ箱へと投げた。それは、所詮擬似的でしかない、月ほどの重力のせいで滑らかに弧を描いて飛び、ゆっくりとゴミ箱へと入っていった。
「ビンゴ!」
ギンクが指を鳴らした。能天気だな、とディーロはその光景を横目に見ていた。
ふと、壁にかかっている丸時計を見上げた。そろそろ、月面基地に着く頃だ。
今回、艦艇ごと着陸しない。MSのみで着陸するのだ。なぜこんな非効率的な行動をとるかというと、艦艇ごと入るとすれば、いくらミノフスキー粒子を撒布してもドラジルのレーダーに引っかかってしまうだろうことは、新人であるディーロにも容易に想像できた。
だから、ミノフスキー粒子の濃度を月面基地側が上げてもらって、MSだけで着陸するのだ。
しかし、それもまた難しい注文だった。
時間になった。
MSを置いているデッキへと、移動するための手すりを掴めば、月程度の半重力下でもすばやく移動できる。十字路にさしかかると、目の前を他の人間、技術士官が通った。こういうように、衝突の危険がある場合は自動で停止する。
MSデッキに着くと、何人かの技術士官やエンジニアがMSの周りを飛んでいた。MSの数は五機ある。
パドと呼ばれる機体である。色は全体的に青い。スマートでありながら、武骨なイメージを持たせている。青いモノアイの付いた頭は、鼻から下が体に埋まるような形になっている。背中や肩に付いたバーニア。そして、足の裏やふともものバーストもまたその機体のめちゃくちゃさを表していた。
常識が覆っている。あれだけのバーニアとバーストを備えておきながら、パイロットにかかるGは最小限に抑えられ、負担を感じないほどになっているのだから。
一人のエンジニアがディーノとギンクに気づき、手を振りながら飛んできた。
「よお、新兵さん」
「新兵は無いだろぉ、もうここに三ヶ月近くはいるんだからな」
「そんなんじゃ新兵に変わりないですよ。ああ、ディーノさんのパドの点検終わりましたんで、触ってやってください」
ギンクの膨れっ面を笑いながら、エンジニアがディーノのパドを指差す。
エンジニアにまでディーノという愛称が広がってしまっていた。別にそれは構わないのだが、元の名前とあまり変わりないからか、ディーノが本名だと思われてしまい、いちいち訂正に入るのは面倒だった。
ああ、とエンジニアに手を振って、床を蹴った。体がフワリと浮かび上がる。少し体が揺れたが問題なく、開いたハッチにたどり着けた。流れる動作で、コックピットへと入る。
「問題ないですか?」
ハッチの外から、違うエンジニアが顔を見せた。
カチカチとスイッチをいじり、グリップの握り具合を確認すると、ディーノは首を縦に振った。どこもおかしいところはなく、それどころか以前より感度が良かった。
「オーケー」
エンジニアが親指を立てる。そしてハッチの外に向かって、
「パド一号機、問題なし!」
と叫んだ。
・・・・。
かつて、戦争によって廃止されたコロニーがあった。
スペースコロニーを、両軍が取り合う形となり、最終的にコロニーに複数の穴が空いた。そこから空気が漏れ、何万人もの人間が死んだ。今から三十年前のことである。
これを後に語ったのが、そのコロニーから生き延びた人間のひとり、ベベロマン少尉である。
空から無数の光が流れ、コロニーを潰していく様は地獄のようだったと。こんな不幸なことを、二度と起こしてはならないと。
その戒めとして、この事件は『666番戦争事件』として、今でも学校で習うほどの大きな事柄として扱われている。
その廃止されたコロニーの中で、三機のMSが固まっていた。
後ろで自販機からコーヒーを買った、同期のギンク・コーナが呆れた口調で言った。
彼の言うことも分かる。ドラジルというのは、宇宙に住んでいる人間の安全と、水や食料の安定を地球連邦に訴えかけている組織だ。署名活動により、多数の意見をぶつけて通すという真っ当な考えを持っている組織である。
しかし、問題があった。それも、とても大きな。
彼らは武力にモノを言わせることにしたのだ。アナハイムも軍事を行うことに賛成し、資金の援助を行っている。また、戦争の可能性を上げてしまっただけだった。
そう頭に浮かべている男、ディーロ・バーノゥは同期の言葉に相槌を打ちつつ、実のところ上の空だった。
ギンクが、食堂のテーブルに着いているディーロの隣に座って、顔を覗き込みながら言う。
「ディーノ。お前はどう思う?」
ディーノとは、ディーロの愛称である。略称がディーノ。ディーノ自身、この名前で呼ばれることに慣れていない。
士官学校を主席で卒業した彼に、友人と呼べる人間が少なかった。その数少ない友人にもどこか他人行儀に振舞ってしまい、他人という線引きをしてしまっていた。
しかしとするが、ここの人間たちはそんなディーノの引いた線を軽く飛び越えてしまうほど、フレンドリーだった。そこが少し苛立つところだったが、また新鮮さも感じていた。
「ドラジルの連中の言い分もおかしいとは思わないか? 『協力してくれる人間はすべて同じ意思の下に立っている』だってよ」
「いいんじゃないか。好きにやらせれば。結局、俺たちがやるのは奴らの暴走を抑えること」
「あわよくば、中枢の破壊か」
ディーノの言葉にギンクが続けた。
中枢の破壊。本拠地を叩くというところか。ドラジルの味方をしているコロニーは多い。ひとつひとつ当たるのは骨が折れるし、ディーノ達の軍であるエレスブルクの信用を落とすことにも繋がってしまうだろう。
エルスブルクとは、地球連邦が作った特殊部隊である。目的は複数あるが、大きな目的はドラジルの抑制。ドラジルが大きくなれば、地球連邦もスペースノイドの援助という意見から目を背けるわけにいかなくなる。
わざわざ新兵を引き込んで作った軍隊だけあって、連携も取れていない。
(奴らは、士官学校で何を学んだんだ・・・)
廊下で騒ぐ声がだんだんと聞こえ始め、扉の前を人影が横切っていった。宇宙空間でありながら重力が発生するのは、遠心力による擬似的なものだ。昔から使われているもので、グリプス戦役などで戦っていたアーガマにも、この技術が搭載されていたらしい。
すると、人の技術も進歩していないのだな、とディーロは思った。
いや、もしかしたら人間自身が進歩していないのではないか、とすら考え始め、そのトンデモ思考を生んだ頭を振って、冷静になる。
「ままよ・・・」
どうしたって、このまま戦争になることに変わりはない。今まで自衛隊のような活動をしてきたディーノ達も、いよいよ作戦に加わるのだ。
作戦と言っても、まだ指示もされていない。ただ一言「次の作戦には、諸君らも加わることになった」とだけ伝えられている。
指示されていないだけで、実は作戦への準備段階は始まっているのではないか?
ギンクがコーヒーを飲み終え、カップをゴミ箱へと投げた。それは、所詮擬似的でしかない、月ほどの重力のせいで滑らかに弧を描いて飛び、ゆっくりとゴミ箱へと入っていった。
「ビンゴ!」
ギンクが指を鳴らした。能天気だな、とディーロはその光景を横目に見ていた。
ふと、壁にかかっている丸時計を見上げた。そろそろ、月面基地に着く頃だ。
今回、艦艇ごと着陸しない。MSのみで着陸するのだ。なぜこんな非効率的な行動をとるかというと、艦艇ごと入るとすれば、いくらミノフスキー粒子を撒布してもドラジルのレーダーに引っかかってしまうだろうことは、新人であるディーロにも容易に想像できた。
だから、ミノフスキー粒子の濃度を月面基地側が上げてもらって、MSだけで着陸するのだ。
しかし、それもまた難しい注文だった。
時間になった。
MSを置いているデッキへと、移動するための手すりを掴めば、月程度の半重力下でもすばやく移動できる。十字路にさしかかると、目の前を他の人間、技術士官が通った。こういうように、衝突の危険がある場合は自動で停止する。
MSデッキに着くと、何人かの技術士官やエンジニアがMSの周りを飛んでいた。MSの数は五機ある。
パドと呼ばれる機体である。色は全体的に青い。スマートでありながら、武骨なイメージを持たせている。青いモノアイの付いた頭は、鼻から下が体に埋まるような形になっている。背中や肩に付いたバーニア。そして、足の裏やふともものバーストもまたその機体のめちゃくちゃさを表していた。
常識が覆っている。あれだけのバーニアとバーストを備えておきながら、パイロットにかかるGは最小限に抑えられ、負担を感じないほどになっているのだから。
一人のエンジニアがディーノとギンクに気づき、手を振りながら飛んできた。
「よお、新兵さん」
「新兵は無いだろぉ、もうここに三ヶ月近くはいるんだからな」
「そんなんじゃ新兵に変わりないですよ。ああ、ディーノさんのパドの点検終わりましたんで、触ってやってください」
ギンクの膨れっ面を笑いながら、エンジニアがディーノのパドを指差す。
エンジニアにまでディーノという愛称が広がってしまっていた。別にそれは構わないのだが、元の名前とあまり変わりないからか、ディーノが本名だと思われてしまい、いちいち訂正に入るのは面倒だった。
ああ、とエンジニアに手を振って、床を蹴った。体がフワリと浮かび上がる。少し体が揺れたが問題なく、開いたハッチにたどり着けた。流れる動作で、コックピットへと入る。
「問題ないですか?」
ハッチの外から、違うエンジニアが顔を見せた。
カチカチとスイッチをいじり、グリップの握り具合を確認すると、ディーノは首を縦に振った。どこもおかしいところはなく、それどころか以前より感度が良かった。
「オーケー」
エンジニアが親指を立てる。そしてハッチの外に向かって、
「パド一号機、問題なし!」
と叫んだ。
・・・・。
かつて、戦争によって廃止されたコロニーがあった。
スペースコロニーを、両軍が取り合う形となり、最終的にコロニーに複数の穴が空いた。そこから空気が漏れ、何万人もの人間が死んだ。今から三十年前のことである。
これを後に語ったのが、そのコロニーから生き延びた人間のひとり、ベベロマン少尉である。
空から無数の光が流れ、コロニーを潰していく様は地獄のようだったと。こんな不幸なことを、二度と起こしてはならないと。
その戒めとして、この事件は『666番戦争事件』として、今でも学校で習うほどの大きな事柄として扱われている。
その廃止されたコロニーの中で、三機のMSが固まっていた。
作品名:機動星戦記ガンダムB 第一話「開始」 作家名:だんだん