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正しいこと

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勢い良く開け放たれたドアからぬるい空気がなだれ込んできて孤爪研磨は眉間にシワを寄せた。
 自室は朝から寝るまでエアコンを稼働しっぱなしだが、廊下の窓は開けっ放し。温度差はトイレにいくのも億劫なほどだ。
 ドアを閉めないまま仁王立ちの黒尾鉄朗は有無を言わさぬ様子で言い放った。
「おい、学校行くぞ」
 左の小脇にバレーボール。手首には二足分の上履き袋が提げられていた。
「何で夏休みまで……」
「ドッヂクラブが活動するから体育館開いてんだよ今日。こんなカンカン照りの日に外でやってたらヤバいからドッヂのやってる横使っていいって許可もらった」
「そうじゃなくて、暑いんだから無理にバレーやらなくても……」
「ンなこと言って、お前どうせ放っておいたら夏休み中まるまるここでゲームやってんだろ」
 図星だ。返事をせず視線を逸らすのでリモコンでエアコンを切った。
「おばさんにももう言ってあるからさっさと行くぞ」
 二つの上履き袋の片方は当然おばさんに預けられた研磨のものである。内にこもりがちな息子をいつも引っ張りだしてくれる一歳上の兄貴分の鉄朗を母はたいそう気に入っている。
 ため息一つで研磨はのろのろと出かける支度を始めた。そうすれば鉄朗は急かしたりしない。意地を張って誘いを無視するほうが疲れるとわかっている。なにしろ小学校に上る前からの付き合いだ。
「テッちゃん、水筒忘れてるわ」
 階段を降りたところでおばさんに研磨の水筒を預けられるのも恒例行事だ。研磨自身は落とし物も忘れ物も周りに比べれば少ない方だけれど、日頃ぼんやりしているせいで信用がない。
「おばさんいってきまーす!」
「いってきます……」
 研磨も鉄朗の声に引きずられるように発声して、実際に半ば引きずられて太陽の下に出た。
(ラジオ体操で外に出たんだし、今日はもう十分なんじゃないかなあ)
 そのラジオ体操だって鉄朗が起こしに来て引っ張って連れて行った。放って置いたら本当に家から一歩も出ないかもしれない。
「日光に当たってないと丈夫にならないってじいちゃんが言ってたぞ」
「……体育館だって太陽差さないじゃん」
 熱中症対策が叫ばれるのだから、涼しいところにいられるときはいたらいいのに、と研磨は思う。
 だけど、だからって鉄朗が一人で行ってしまったら、自分抜きのグループで楽しくバレーをやっていたらたまらないとも思う。鉄朗は絶対にそんなことしなかったけれど。
 友達と呼べるものが本当に鉄朗ぐらいな研磨と違って鉄朗には遊び相手ぐらいいくらでもいた。
「よう、黒尾!」
 小学校の体育館ではすでにドッジボールクラブとバドミントンクラブがはしゃぎまわっていた。クラブ活動といっても中学生や高校生みたいに厳しい練習じゃなくて、怪我のないよう準備運動を徹底していたら後は自由練習のようなものだ。
 先に来ていたバドミントン部の男子が駆け寄ってきた。同時に研磨はさり気なく立ち位置を移動した。鉄朗の背中で横を向いて、相手の視界に入らないように。
「よお池谷、バドも夏休み練習あんのか」
「いや、今日だけ。ウチお前んちみたいに近くねえからさぁ」
 同級の池谷は落ち着きなくラケットをいじりながらもまっすぐ鉄朗を見て「いいよなあ、学校の近くで」と口をとがらせた。対して、小さい頃から兄弟同然で育っている研磨は朝からの累計十秒も目を合わせていない。
「しかも明日クラス花壇の水やり当番なのに朝からばあちゃん病院でさあ、早く帰って留守番しろって無茶言うんだぜ」
「お前んち学区の端っこじゃん。クラブも出れないのか」
「うん。留守番あるから体育館開く前に帰んなきゃいけないんだ」
 池谷がわざとらしくため息をついたあたりで背後の研磨がボールをつきはじめた。まだ他のバレーメンバーは登校していない。文句を言っていた割に体育館まで来ればボールを触りたいんじゃないか。
「じゃあ明日だけ当番代わってやるよ。どうせ俺は明日もバレーやりに来るから」
 背後で挙がった「えっ」という声は黙殺した。
「マジで!?ラッキー!そんじゃ頼んだ、よろしくな!」
「おう」
 すぐに身を翻して話を切り上げた。退屈そうな研磨の相手をしてやらないといけない。
 でも、研磨はやっと振り向いた鉄朗ではなく軽やかに去っていく池谷の背中を見つめて呟いた。
「クロってさ……おひとよしだよね」
「たまにはお前以外の世話も焼くさ」
「…………」
 遠くでバドミントンクラブが大盛り上がりで活動するのを見つめ続けている頭を手荒く撫でて腕を引いてステージ前の一画に陣取った。バレークラブというのはなくて、鉄朗と仲の良い何人かが集まっているだけだから陣地は狭い。それでも十分だった。

 昨日も一昨日も暑かったけれど今日も暑い。多分明日も暑い。
 学校にはクラスごとの花壇があって、夏休みには交代で水やりをやることになっていた。本当は早朝の涼しいうちにやらなくちゃいけないんだけれど、鉄朗たちの学年はちょうど午前中は校舎の影になって暑くなるのが遅い場所だった。
 だからクラブのために体育館が開くより少し早く来ればいい。
 お陰で付き合わされて早めに登校するはめになっても、そのことについては研磨も文句を言わなかった。研磨の学年の花壇は日当たりが良くてラジオ体操が終わったらすぐ水やりに来なければならない。それにも鉄朗は付き合ってくれるからだ。
 何かといえば細かい文句をもらす研磨だけれど、鉄朗が面倒を見ていることを当たり前とは思っていない。ちゃんとどこかで返すものだと思っているフシがある。研磨のそういうところが気に入っている。

 盆を挟んで夏休みの終わり頃にも体育館通いは続いていた。
 炎天下を近所にある小学校まで往復するだけでも日に焼けて服を脱いでも半袖を着ているみたいだ。
「あーあ、もうじき二学期か」
「結局夏休みの皆勤賞は黒尾たちだけだったな」
「もう二人でもバレークラブ作っちゃえば?」
 ドッヂボールクラブでも夏休みの練習は強制参加ではないから全員が揃うことは多くなかった。時々ドッヂボールクラブの練習に混じっていた鉄朗は何度か入団を誘われたが、研磨が大所帯のドッヂボールクラブにまではついてこないのをわかっていて断った。
 そもそも鉄朗が連れてくるからいつの間にか皆勤賞なのだし、鉄朗がやるからバレーなのだ。同じ球技といえどドッヂボールはのらりくらりと避ける専門である。
「もうちょっと人数いないとダメだってさ。まだ下手くそだし中学になったらバレー部あるしいいんだ」
「クロ、バレー部入るんだ」
 意外なことなんかないだろうに意外そうに顔を上げた研磨の鼻をつまみ上げる。
「お前も中学あがったら入るんだよ」
「……ンなっ!」
「帰宅部禁止でゲーム部なんかないんだからちょうどいいだろ」
 ドッヂボールクラブのメンバーが声を立てて笑った。それが恥ずかしいのか悔しいのか、研磨は拒否もせず鉄朗のシャツの裾をこっそり握る。強制しているわけじゃないけど、中学生になっても研磨はついてくるんだろう。コイツは手を引いてやらないとダメだから。
 夏休みが終わりに近づくと同時に気持ちも緩んでだらだら過ごす時間が増えていたところへ珍しい人がやってきた。
「黒尾くん、ちょっと」
作品名:正しいこと 作家名:3丁目