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聖餐

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 犬に似た亜人間(デミヒューマン)が一体、ゆっくりとくずおれた。魔剣にまとわりつく血脂を拭う間もなく、妖精(ダーナ・オシー)の男は態勢を整え新たな標的を探す。
 視界の端で、たおやかな金髪の女性がほっとした表情で弓を下すのが見えた。男は舌打ちをした。だが、叱咤の声をあげる前に、満身創痍のコボルドが喉をそらすのが見える。うんざりするほどに見覚えのあるしぐさに、肌が粟だった。
 彼は声をあげた。それ(コボルド)があげるであろう声をかきけそうとする叫びだった。終わってもいないのに、勝手に人任せにしようとする仲間に対する怒りの声だった。ただのきあいだった。
 彼は剣をふりあげる。とても重い。はちみつの中を泳いでいるみたいだった。
 コボルドは弱々しく喉を震わせていた。彼の耳には、その亜人間(デミヒューマン)が何を言っているのかは聞こえなかった。そう、彼らが仲間を呼ぶのを、ダーナの子らが止めるのは不可能なのだ。まわりで大声をあげようと、太鼓や鐘を打ち鳴らそうと、彼らの声は草原を洞窟を廃墟をわたり、確実に仲間を呼び寄せる。
 視界の中、毛むくじゃらの亜人間が、カッと目を見開く。自分の耳には聞こえるはずのない音が広がっていくのがわかる気がした。
 男は振り上げた剣をそのまま細い肩口に叩きつけた。瀕死の亜人間にとって、助けを呼ぶことと、彼の攻撃を避けることを両立させることはできなかったらしい。男の腕に、骨が砕ける手ごたえが伝わる。びゅうと血が噴き出し、男の身体をも濡らす。どこにそんな力が残っていたのかとすら思えるほどの鳴き声を残し、コボルドは絶命した。
 男は、再度あたりを見回した。仲間以外に動くものはない。甲高いコボルドの声はもう聞こえない。何かが近づいてくる気配もなかった。最後の力をふりしぼっての声は、仲間に届かなかったのだろう。頭から血が降りていく。膝が砕けてしまいそうな脱力感をもって、彼は剣を下した。



「なぜ、まだ敵が残っているのに攻撃の手を緩めるんだ」
 声をあらげる妖精(ダーナオシー)の男前で、ハマドリアードはくるくると波打つ黄金の髪を指先に巻いていた。
「後残り一匹でしょう?」
 もう大丈夫だと思ったのよ、と。ふてくされたように言う彼女には、ただの一片たりとも反省している気配はない。男はぎりと歯を食い縛った。
「何を相手にしていたかわかっていないのか」
 コボルドは、一匹一匹ならば大した相手ではない。だが。彼らの結束はかたく、声なき声は、あっという間に仲間を呼び寄せる。たった二匹に手間取っていたら、ふときがつくと大群に囲まれているというのも珍しくはない。
「うっさいわねぇ、だったらいつもみたいに尻尾をまいて逃げればいいじゃない」
 面白くもなさそうに、ひらひらと彼女はてのひらをふる。確かに彼女の言う通り、恐ろしいのならば名誉も何も気にせず、全力でその場を後にすればいい。命あっての物種。いつもならば、後でどうそしられようとも、そうしていただろう。だが、今回は仲間の姫が手傷を負っていた。めちゃくちゃに剣をふるう、簡単な魔法を使うなどはできるのだが、全力で走るのは無理だった。今もそう、顔をしかめてゆっくりと膝を曲げ伸ばししている。だからこそ、可及的速やかに、連中の口をふさぐ必要があった。なのに。
「いつものことじゃない」
 話は終わりとばかりに、彼女はくるりと背を向けた。
「待て」
 目を細めて妖精(ダーナオシー)の男を見る表情には、一片たりとも敬意や愛情を見いだすことができなかった。男は小さく首を横にふった。そして、表情を取り繕って仲間たちを見回す。皆も聞いてくれとの言葉に、思い思いのやりかたで彼らのやりとりをやりすごそうとしていた仲間たちは、男に注目した。
「そろそろ休める場所を探そうと思う」
 手ごろな小部屋が近くにあったはずだろう、と。男の言葉に、ハマドリアードは顔をしかめた。グルアガッホの少女と、妖精(ダーナオシー)の姫も、彼女ほどではないが、げっそりとした表情で男の顔を見る。だが、つかれているのも事実だったのだろう。口々に了解の応えがあった。
「もう何日おひさまに会っていないのかしら。もぐらになってしまいそう」
 聞こえよがしなハマドリアードの言葉に、妖精(ダーナオシー)の男は脱力感に襲われた。――実際、このひたすらに続く地下通路に関しては、光の加護を受けた妖精の男(ダーナオシー)の強靭な精神力を持ってしても、精根尽き果てる代物だった。できるだけ、一日に一度は外に出られるように意識してはいるものの、必ずしもそううまくいくとは限らない。来る日も来る日も暗い壁を見つめ、先を目指す。だれがおいたかも知れぬ宝箱は、ほぼ確実に魔物の擬態だ。それでも探し求めるものがある以上、近づかないわけにはいかない。確実に手持ちの地図が埋まっていくことだけが慰めだった。
 英雄にふさわしい行動をとりなさい。さもなくば人心は離れていくことでしょう。
 重々しいダーナの神官の託宣が脳裏によみがえった。どうしろというんだ。英雄らしく()とても勝てないような強敵にに挑んだあげく、荒野に骸を晒せというのか。
「――このダーナの子(ひと)は他と違うと思ったのに」
 ダーナオシーの男の心の声に追い打ちをかけるかのような、ハマドリアードの言葉が耳に飛び込んできた。もはやぎりと奥歯を鳴らすような怒りはない。ただ深い脱力だけを感じた。
「このあたりでどうかしら?」
 妖精(ダーナオシー)の姫の声に、妖精(ダーナオシー)の男は顔をあげる。あまり広くない部屋だった。二カ所の通路がある。どちらもかろうじて一人が走ることはできそうな幅で、最悪の場合に逆側から脱出することはできそうだった。魔物の襲来を教えるためのすずをつるせないほどに広い通路でもない。
 男がうなずくと、グルアガッホの少女が歓声をあげて部屋のすみに陣取った。皆で適当に地面を整え、野宿の準備をする。おおきなかがり火をつくることはできないが、ランタンの明かりくらいはある。ほんの一口ずつ、暖かい飲み物をつくることもできた。
 ランタンを囲み、腰を下す。ぶあついマントを下にしてもなお、しんしんと土の冷たさが伝わってきた。
 どこかの商隊のように誰かがリュートを取り出すような野営ではない。そうやって賑やかにして、魔物を追い払えるほどの規模ではない。ただ静かに、身体を休めることに専念した。
 揺れるランタンの明かりのむこうで、エルフの男が、姫の足を気にしている。ようやっと魔物からうけた毒の痺れが取れたらしい。にこやかに姫は頷いていた。
 これで、もしも困った相手が出てきたら逃げることができるな、と。そう考え、男は顔を歪めた。そして、膝に顔を埋める。
 ダーナよ我らに加護を!
作品名:聖餐 作家名:東明