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聖餐

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 応えなどあるわけがない。ダーナのいとしごよ、一刻も早くこの世界に光を。だが、ダーナがいとしく思う子供たちは、ただ一人ではない。幾人もの光背負いし英雄妖精がいて、自分は未だ蛍火のごとき存在だ。ダーナが微笑みを向け、自ら手をさしのべてくれるほどの存在ではない。切り抜けるしかない。切り抜けるしかないのだ。英雄としての行為を行い、だがそれでいて、けして誰も死なせず。そう、故郷をはなれ長い旅路に付き合ってくれている彼らの誰一人として、この世界を浸潤する混沌の手にかけるわけにはいけない!
 穏やかな声に名を呼ばれ、男は顔をあげた。自らの考えにふけっているうちに、思いのほか時間が経っていたらしい。ハマドリアードも、姫も、少女も各々のマントで作った寝床にもぐりこんでいた。
 声をかけてきたエルフの男は、男が顔をあげたのを見て取ると、何かを差し出してきた。ぼんやりと、男はエルフの男の穏やかな顔を見、それから差し出されたものへと視線を落とした。
 小さなビンだった。目の前で、しなやかなてのひらがキャップを外す。
 いかがですかと問われ、やっと正体に気づいた。これは、小さな酒瓶だ。そして、中身は琥珀色の液体が満たされているはず。多分、きつけ用に持ち歩いているそれに違いない。
 酒盛りなどするような状況ではない。いつ魔物が襲い来るかわからないのだ。神経はとぎすまされていなくてはならない。
 何を言っているんだと、静かに怒鳴るべきだ。今はそんなことをしている時ではない、と。だが。
 エルフの男は、ほんの小さなキャップに液体を満たした。ほんとうにつめの先ほどの量だ。妖精(ダーナオシー)の男は、震える手でそれを受け取った。
 口元に近づける。思いのほか芳醇な香りが鼻を刺激した。唇を湿す。強い酒だった。続いて、一挙に煽った。
 舌先を刺激するぴりぴりとした独特の感触。口中に広がる甘さが、熱い感触となって喉を滑り落ちていく。喉からさらに胃の腑へと。はっきりとしていた熱が、あえかな余韻へと変わっていく。胃の腑から指先、足先へと淡い熱が確かに広がった。
 酔うほどのものではない。味わうほどの量もない。五臓六腑に染み渡るには少なすぎる量だ。だがそれは、身体の中に宿る何か大きく黒い塊をじわりと刺激する。
 妖精(ダーナオシー)の男は、目を閉じてその一連の動きを感じていた。ずいぶんと長い間、そうしていた。
 やがて、男は目を開く。
「……うまいな」
 ただひとこと。そう言って男は、即席の杯にされた酒瓶のふたをエルフの男に返却した。エルフの男は、それを受け取ると、当たり前のようにふたを閉め、荷物にしまいこむ。そして、特に何かを言うわけでもなく、他の三人と同様、寝るための姿勢を探し始めた。
 男は大きく深呼吸をし、あたりの様子に気を配り始めた。しんとした地下迷宮の中、穏やかな寝息が、今現在自らが守るべき存在があることを思い出させる。この迷宮を出たならば、街の盛り場で酒を振舞おう。多分、仲間の皆は喜んで杯を上げるに違いない。ダーナが光とともに課した何かというのは、たぶんそんな風景に通じているはずだ。
 彼は、闇に目をこらした。

fin.
作品名:聖餐 作家名:東明