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隘路に

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 揺すり起こされて目が覚めると、すっかり日は暮れはじめていた。薄ぼんやりした視界に桔平が映る。結局桔平が来てから、ろくな話もしないまま時間が経ってしまった。起き上がって伸びをし、大きなあくびをする。閉めきった部屋は蒸し暑く、寝汗で肌にへばりつくシャツが気持ち悪かった。桔平の方を見やると、どうもそれは同じだったらしい。

「先に風呂貸してくれるか」
「なかよ」

 スポーツバックからタオルと着替えを出しながら尋ねる親友の背に、さも当たり前のように返事を投げる。こっちを振り向いて、不可解そうな顔をされた。じゃあどうするんだ?もしかして風呂には入らないのか?そう言い出しそうな顔を見て少し笑ってしまう。

「近くに銭湯があるけん、寮住まいはみんなそこで入っとよ」
「ああ……そういうことか」

 どちらが行こうと言ったわけでもないのに、気がつけば自分も着替えと洗面具を出して下駄を履いていた。

 しっとりと艶を帯びているアスファルトの上に、下駄の音が転がっていく。本当は大きい方の通りから行く方が近いのだが、わざわざ少し遠回りをするような路地に入っていった。汗の不快感が気になっているのに、どうしてかこちらの道の方がいいような気がしてしまう。チカチカと点滅する街灯と、手入れの行き届いていない道の端。潰れたジュースのパックに、くすむ視界の先。会話のない空間。

 銭湯の湯はいつもと変わらないはずなのに、やけに温く感じた。まばらにしか人のいない銭湯は殆ど貸切状態で、石鹸の泡立つ音と、シャワーの湯が流れては消えていく音ばかりが溢れている。わざわざ桔平の隣に座り、湯を被る。シャンプーに手をかけると、坊主は楽だぞ、と言いながら桔平はもう洗い終わったようで、タオルに石鹸を擦りつけていた。

「背中、洗っちゃる」
「泡だらけの頭でか?」

 鼻で笑いながらシャワーヘッドをこちらに向けられる。不意打ちで鼻に湯が入ってむせた。シャワーを奪い取って泡を流しきると、桔平の持っていたタオルを掴む。桔平は素直に背中をこちらに向けた。

「懐かしいな、千歳。昔を思い出す」
「……おじーちゃんみたいばい、桔平」

 カラリと乾いた桔平の笑い声が、タイルの壁に反響する。そういえば九州にいた頃は、飽きるほどテニスをした後は銭湯に来て、こうして桔平の背中を流していたような気がする。目を閉じると確かにその光景は浮かぶのに、今目の前の景色は、それと微妙に違って見えた。千歳も、と促され背中を向ける。背中をこするタオルの感触が、ゆっくりと違和感をなぞるようだった。



 未だすこし湯の熱さを纏わせて、俺と桔平は銭湯を出た。外はすっかり月が出て、薄暗かった。来た道を戻る。頼りない街灯が頼りの細い路地だ。
 歩くと風が髪の間を通り、涼しさを運ぶ。満月でもないのに、月灯りがやけに綺麗に見えた。

「なあ、千歳」
「んー」

 後ろを歩いていたはずの桔平の足音が止まる。それにつられて、下駄の音も止んだ。

「あとどれくらい同じ時間にいられると思う?」

 言葉の意味がよく分からなかった。振り返って見えた桔平の顔は、どこか知らない人のようにも見えた。名前を呼ぼうと口が開くのに、声は出ない。

「いや、すまん。なんでもない。帰って晩飯にしよう」

 今日はすき焼きだ。そういいながらふっと俺を追い抜かしていく桔平。薄暗く細い道の奥へ進んでいく。

 本当は、よく分かっていた。これから少しずつ、少しずつ時間の中で変わってしまうものがあること、これから同じ道は歩けないことを。出会ったときのように、いつまでも戯れることは出来ない。テニスを続けていても、お互いが新しい出会いの中でどう変わるなんて誰も予測出来ない。高校受験はすぐそこまできていた。俺はどうするのだろう、桔平はどうするのだろう。お互い気になりながら、それでも決定的な部分には触れないように、寄り添っていた。
ああ、そうか。この気持ちのせいだったのか。見たこともない先に行くのが、怖かったのだ。この瞬間が体のいい思い出になってしまうのが、怖かったのだ。そして体のいい思い出になってしまうなら、出来る限り同じ時間にいたかったのだ。なんて俺たちらしくないのだろう。変わりゆく中で変わらないものを探すのが、俺たちじゃないか。目の前を歩く桔平の背中に声を投げる。

「また、銭湯いくばい!一緒に!」
「いっいきなりなんだ、大きな声を出して」
「明日でもよか、明後日でもよか、いつでもよかけん、また行こう!」

 明日だって明後日だって、一か月後だって一年後だって変わらない。いつだって、どこでだって同じ時間にいる。桔平となら、一緒にいられる。呆れたように笑いながら寮へと足を進める桔平の隣に並んで歩いた。道は思うより、まっすぐで明るい。


作品名:隘路に 作家名:やよ