WinterBlossom① 藍×春歌
～prologue 1～
シャイニング事務所でアイドルとして活動するボクに、一人の少女が「先輩に指導していただきたいです！」とやって来た。少女の名前はナナミハルカ、作曲家志望の十八歳。ボクより三つ年上だけど、まだまだ幼さが残る顔立ちをしていた。ふわふわとしてやわらかな笑顔が印象的な、まるで春の野に咲く花のようだと思ったっけ。
彼女はシャイニング事務所の準所属になってから一年半が経つが、作曲家としての素質はあるもののなかなか芽が出せないという。
ボクはシャイニング事務所の社長であるシャイニング早乙女から、ハルカのパートナーになり、春に開催される「歌謡祭」で歌う楽曲を作ること、と告げられた。そこで見事優勝すれば、ハルカはシャイニング事務所に正式に所属できる、優勝曲のCD化が認められる、と。
彼女を指導し始めたのは雲ひとつない秋晴れの日が続く、十月の上旬からだった。
初めてのレッスンから、社長から聞いたとおり、彼女が作った曲はダメな所だらけで――――-将来、本当に作曲家になれるのか？ ボクは疑いつつも、彼女に指導していったのだった。
＊
初めはダメ出しばかりだった彼女の曲も月日が経つにつれて、ずいぶんとまともなものになってきて――――。
年が明けた一月のある日。ボクは彼女に、
「少しずつ曲のクオリティも上がってきたね。完璧には程遠いけれど、今ならば君の曲を歌えそうだ。そろそろ、歌謡祭で歌う曲作りに入ろうか」
「本当ですか？ 藍くんはどんな曲がお好きですか？」
「曲に好きも嫌いもないよ。どんなに難しい曲でもボクにデータがある限り、完璧に歌いこなせる自信があるからね。というわけで、君のイメージで作ってきて」
数週間かってやっとハルカが持ってきた曲は彼女自身が得意とするピアノをメインとしたバラードだった。
彼女曰く、ボクのイメージは雪か桜だという。曲のところどころにそれらを散りばめたと、恥ずかしそうに彼女は話してくれた。
「一番はピアノのみで、二番からは他の楽器も入る構成。特に二番目の出し、君のイメージした雪が降る情景が浮かんできて、いいと思う。というわけで、及第点で合格ってことにしてあげる。今からもう少し練った方がいいと思うところをあげるからメモして？」
歌謡祭で歌う曲が決まったところで、ボクたちは楽曲作成に入ったのだった。
＊
たくさんの言葉の中から、曲に合う言葉を探してゆく。
歌謡祭に向けてのレッスン、曲の調整をしながら、ボク歌詞を考えていたのだった。彼女は曲作りは得意だけど、言葉に関しては苦手だと言う。歌詞も重要な採点の項目だから、ボクが引き受けることになったのだ。
彼女が作り出した繊細で美しいメロディを損なわない歌詞をイメージしてゆく。
いくつか歌詞のパターンをかき出したところで、ふっと、ボクの彼女に対する想いも込めてみたらどうだろうと考えた。
ボクはロボだ。ロボであるボクは感情なんて持たないし、そもそも理解できない。それがハルカと過ごすことによって、少しずつわかってき始めた。
たとえば「愛」。
ハルカ曰く胸の奥が温かくなる感情だという。一緒にいて楽しくて、心が温かくなって、そのひとが愛おしくなるらしい。
ボクは彼女に愛を持ったことがあるだろうか。
今まで彼女と過ごしてきた四ヵ月間を振り返ってみる。
彼女は嫌いじゃない。一緒にいて不利益になることは少ないし、こうして一緒にパートナーとして活動している以上は有益な相手だと言える。でもそれはあくまで区別であって、感情ではない。
ハルカと一緒にいても飽きないし、楽しくなるのは事実。
それに彼女はボクがロボだと知ってもなお、「藍くんにパートナーであってほしい」と言ってくれたし。ロボにとって命令を中断せず、実行できるのはいいことだった。
システムの混乱も起きないし、ロボは命令を遂行できてからこそ存在意味があるでしょう？
このことは博士にもシャイニーさんにも感謝している。
ハルカは、ボクとパートナーを続ける代わりに、歌謡祭で優勝することをシャイニーさんに約束した。もし、優勝できなければボクの秘密を共有していいファイルに追加した彼女の名前を消去すると共に永遠に彼女は芸能界を去る、という条件と引き換えに。
正直、彼女が何故、自分が危ない橋を渡る羽目になるかもしれないのに、シャイニーさんの条件を飲んだのか、わからなかった。
バートナー変更をすれば（パートナーになった作曲家の卵がやめていき、ひとりなったの先輩が数人いた）彼女は酷な条件を呑まずにすんだのに。
だけど、今なら彼女がボクを選んだ理由がわかる。
愛しいから、だ。
きっとハルカはボクと過ごす日々が楽しかったから、それを失いたくないと思ったからだ。ハルカの感情はもっと複雑だろうけれど。ボクが分析できる範囲でそう考えた。
愛-―――胸の奥があたたかくなる感情。体の中に熱が溜まったわけでもない、不思議な現象。
ボクもハルカに感じることがある。
それは実に多彩な場面で。
それらを言葉にして歌詞に直していけば、いいだろう。
ハルカが出したテーマが雪だから歌詞も冬のものにするつもりだ。
桜もイメージして書いたと彼女は言った。ならば冬の桜、「WinterBlossom」はどうだろう。これならば彼女の意見も入るし、一緒に作った、という感じが出る。
出だしは、いやまずは、サビを考えよう。
もし、ボクが人間だったら、彼女とどんな風に過ごしていただろう。
ねぇ、神様
ボクに心がふっと宿ったなら……
ロボであるボクに心が宿る、というほうが面白いかもしれない。今のボクは心が本当にあるとは言いがたい。人間と、ハルカと同じ感情がボクに宿ったら、どうなるのだろう。
ハルカが作ってくれたさびを口ずさみ、音数を確認すると、ボクはルーズリーフに思いついた言葉をメモしていった―――――。
シャイニング事務所でアイドルとして活動するボクに、一人の少女が「先輩に指導していただきたいです！」とやって来た。少女の名前はナナミハルカ、作曲家志望の十八歳。ボクより三つ年上だけど、まだまだ幼さが残る顔立ちをしていた。ふわふわとしてやわらかな笑顔が印象的な、まるで春の野に咲く花のようだと思ったっけ。
彼女はシャイニング事務所の準所属になってから一年半が経つが、作曲家としての素質はあるもののなかなか芽が出せないという。
ボクはシャイニング事務所の社長であるシャイニング早乙女から、ハルカのパートナーになり、春に開催される「歌謡祭」で歌う楽曲を作ること、と告げられた。そこで見事優勝すれば、ハルカはシャイニング事務所に正式に所属できる、優勝曲のCD化が認められる、と。
彼女を指導し始めたのは雲ひとつない秋晴れの日が続く、十月の上旬からだった。
初めてのレッスンから、社長から聞いたとおり、彼女が作った曲はダメな所だらけで――――-将来、本当に作曲家になれるのか？ ボクは疑いつつも、彼女に指導していったのだった。
＊
初めはダメ出しばかりだった彼女の曲も月日が経つにつれて、ずいぶんとまともなものになってきて――――。
年が明けた一月のある日。ボクは彼女に、
「少しずつ曲のクオリティも上がってきたね。完璧には程遠いけれど、今ならば君の曲を歌えそうだ。そろそろ、歌謡祭で歌う曲作りに入ろうか」
「本当ですか？ 藍くんはどんな曲がお好きですか？」
「曲に好きも嫌いもないよ。どんなに難しい曲でもボクにデータがある限り、完璧に歌いこなせる自信があるからね。というわけで、君のイメージで作ってきて」
数週間かってやっとハルカが持ってきた曲は彼女自身が得意とするピアノをメインとしたバラードだった。
彼女曰く、ボクのイメージは雪か桜だという。曲のところどころにそれらを散りばめたと、恥ずかしそうに彼女は話してくれた。
「一番はピアノのみで、二番からは他の楽器も入る構成。特に二番目の出し、君のイメージした雪が降る情景が浮かんできて、いいと思う。というわけで、及第点で合格ってことにしてあげる。今からもう少し練った方がいいと思うところをあげるからメモして？」
歌謡祭で歌う曲が決まったところで、ボクたちは楽曲作成に入ったのだった。
＊
たくさんの言葉の中から、曲に合う言葉を探してゆく。
歌謡祭に向けてのレッスン、曲の調整をしながら、ボク歌詞を考えていたのだった。彼女は曲作りは得意だけど、言葉に関しては苦手だと言う。歌詞も重要な採点の項目だから、ボクが引き受けることになったのだ。
彼女が作り出した繊細で美しいメロディを損なわない歌詞をイメージしてゆく。
いくつか歌詞のパターンをかき出したところで、ふっと、ボクの彼女に対する想いも込めてみたらどうだろうと考えた。
ボクはロボだ。ロボであるボクは感情なんて持たないし、そもそも理解できない。それがハルカと過ごすことによって、少しずつわかってき始めた。
たとえば「愛」。
ハルカ曰く胸の奥が温かくなる感情だという。一緒にいて楽しくて、心が温かくなって、そのひとが愛おしくなるらしい。
ボクは彼女に愛を持ったことがあるだろうか。
今まで彼女と過ごしてきた四ヵ月間を振り返ってみる。
彼女は嫌いじゃない。一緒にいて不利益になることは少ないし、こうして一緒にパートナーとして活動している以上は有益な相手だと言える。でもそれはあくまで区別であって、感情ではない。
ハルカと一緒にいても飽きないし、楽しくなるのは事実。
それに彼女はボクがロボだと知ってもなお、「藍くんにパートナーであってほしい」と言ってくれたし。ロボにとって命令を中断せず、実行できるのはいいことだった。
システムの混乱も起きないし、ロボは命令を遂行できてからこそ存在意味があるでしょう？
このことは博士にもシャイニーさんにも感謝している。
ハルカは、ボクとパートナーを続ける代わりに、歌謡祭で優勝することをシャイニーさんに約束した。もし、優勝できなければボクの秘密を共有していいファイルに追加した彼女の名前を消去すると共に永遠に彼女は芸能界を去る、という条件と引き換えに。
正直、彼女が何故、自分が危ない橋を渡る羽目になるかもしれないのに、シャイニーさんの条件を飲んだのか、わからなかった。
バートナー変更をすれば（パートナーになった作曲家の卵がやめていき、ひとりなったの先輩が数人いた）彼女は酷な条件を呑まずにすんだのに。
だけど、今なら彼女がボクを選んだ理由がわかる。
愛しいから、だ。
きっとハルカはボクと過ごす日々が楽しかったから、それを失いたくないと思ったからだ。ハルカの感情はもっと複雑だろうけれど。ボクが分析できる範囲でそう考えた。
愛-―――胸の奥があたたかくなる感情。体の中に熱が溜まったわけでもない、不思議な現象。
ボクもハルカに感じることがある。
それは実に多彩な場面で。
それらを言葉にして歌詞に直していけば、いいだろう。
ハルカが出したテーマが雪だから歌詞も冬のものにするつもりだ。
桜もイメージして書いたと彼女は言った。ならば冬の桜、「WinterBlossom」はどうだろう。これならば彼女の意見も入るし、一緒に作った、という感じが出る。
出だしは、いやまずは、サビを考えよう。
もし、ボクが人間だったら、彼女とどんな風に過ごしていただろう。
ねぇ、神様
ボクに心がふっと宿ったなら……
ロボであるボクに心が宿る、というほうが面白いかもしれない。今のボクは心が本当にあるとは言いがたい。人間と、ハルカと同じ感情がボクに宿ったら、どうなるのだろう。
ハルカが作ってくれたさびを口ずさみ、音数を確認すると、ボクはルーズリーフに思いついた言葉をメモしていった―――――。
作品名：WinterBlossom① 藍×春歌 作家名：想太