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風香の手帖

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一話 「初デエト」


 小岩井は急いでいた。
今日は隣に住む女子高生、綾瀬風香と晴れて恋人同士になってから初めてのデートである。
彼の養女であるよつばを友人のジャンボに預け、至急終わらせようとした翻訳の仕事が予想以上に手間取り、風香との待ち合わせにもう一時間も遅れていた。
風香の携帯には連絡を入れてあったが、初のデートでこれでは弁解のしようがない。
やっと待ち合わせ場所にたどり着くと、風香がむくれている。

「小岩井さん、初めてのデートで一時間も待たせるなんてひどいです!」
「ごめんごめん。今日は風香ちゃんの好きなものおごるから、何でも言って」
「本当? でも小岩井さん来てくれてよかったー。もう来てくれないかと思った」
「いやもう本当にすまん!」
「何か今日は男の人に声かけられるし、断るのに大変だったんだから」
言われて小岩井は気がついた。
服装もそうだが、確かに風香はいつもよりかわいい。
「風香ちゃん、もしかしてお化粧してる?」
「あさぎお姉ちゃんに教わりながら、ちょっとだけメイクしてみたんですけど…… おかしいですか?」
「いや、すごくかわいいよ」
「わーよかったぁ。小岩井さんに何て言われるかドキドキだったの」

 改めて小岩井は風香を見る。
いつもは多少はねてる栗色のショートカットの髪がきちんと揃っており、やや太めの眉毛もきれいに手入れされている。
目にアイラインが細く入りまつ毛は上向きで、チークが薄く入った頬に唇にはカラーリップを引いた、超ナチュラルメイクである。
服装もセーラーカラーのワンピースで、ティーン向けファッション雑誌から抜け出てきたような風香の姿に、小岩井は目を奪われた。
そんな小岩井の視線に気づき、風香は恥ずかしがる。
「そんなに見ないでくださいよぉ」
「美少女の風香ちゃんに、見とれちゃったよ」
「もう!」

 二人は歩き始め、風香がいつものように小岩井の腕を両腕で抱きしめる。
「いつものカジュアルな風香ちゃんもかわいいけど、今日みたいな格好で学校に行ったら男子がほっとかないんじゃない?」
「えー、私もてませんよー」
「でもねえ、心配だなあ」
「大丈夫です。私こう見えても一途ですから」

 最初はシネコンに行き映画を見るが、上映中小岩井は寝てしまった。
風香はあきれて見ている。
(初デートでこれはないんじゃない?)
(相変わらずデリカシーがないんだからー)
(そうだ。キスして起こそうか)
寝ている小岩井の顔に風香が近づいていくと、突然小岩井が目を覚ました。
「わっ」
「あーごめん、寝てた。あれ? 風香ちゃんどうしたの? 真っ赤な顔して」
「な、何でもないデス」

 映画が終わり、二人は次の行き場所を決める。
「風香ちゃん、どこか行きたいとこある?」
「えーと、文房具屋さんに行きたいな」
近くの文房具屋に入ると、店の中で風香は手帳を見始めた。
初デートを機に、新しい手帳が欲しかったのである。
「あっ、この手帳かわいい」
「こういうのが好きなの?」
「うん」
「じゃあ、初デートの記念にプレゼントしよう」
「え? でも……」
「今日遅れた分もあるから」
「わーい、ありがとうございます!」

 食事を終え帰ってきた二人は、お互いの家の前で別れる。
「それじゃ今日はありがとうございました。うーんと楽しかった! また誘ってくださいね!」
「ああ、近いうちにまたどっかへ行こう」
そして風香は手を後ろで組み、目を閉じてキスをねだる。
小岩井はご近所の前なので一瞬躊躇したが、風香に短くキスをした。
風香はうれしそうに家へ帰っていく。
「それじゃ、おやすみなさーい」
「おやすみ」

 風呂に入った後、風香は今日の話をするためしまうーに電話をかけた。
「もしもし。しまうー、今いい?」
「いいよー。デートどうだった?」
「うん、すごく楽しかった」
「あ、のろけだ。聞きたくなくなってきた」
「そんなこと言わないで、聞いてよー」
「でも未だに小岩井さんから告白したっていうのが信じらんない。あんたもしかしておやじキラー?」
「失礼だなー。私の美貌が小岩井さんを魅きつけたからだよ-」
「はいはい。それでデートはどこ行ったの」
「今日はオーソドックスに、映画見て、買い物して、ゲーセン行って、食事して帰ってきた」

 うれしそうに話す風香を、しまうーは少しうらやましく思う。
「食事ってどこ連れてってくれたの?」
「タイ料理屋さん。まわりがみんな大人の人ばっかりで緊張しちゃった」
「トムヤンクンとかいうの食べた?」
「食べた食べた。最初は辛すっぱくて変な味だーって思うんだけど、だんだん癖になる感じ」
「いいなー、大人の人が彼氏だといろんなとこ連れてってくれそうで。数カ月したら風香もオトナのオンナになってたりして」
風香はちょっと背伸びをしてみたくなった。
「ふふん、別な意味で大人になってるかもよ」
「えー! あんたたちもうそんな関係なの!?」
「うそうそ。でも私が高校生だから、小岩井さんそういうの自制しそうだし、さすがに私からっていうのはイヤ。どうすればいいと思う?」
「どうすればと言われても、私も経験ないから。もしかしてあんた高校生で結婚するつもり?」
「ないとは思うけど、もし小岩井さんからプロポーズされたら、それでもいいかなって思ってる。校則にも何も書いてないし」
「校則もう見たのかよ。っていうか風香がそこまで考えてるとは思わなかった。あんたほんとに一途だね」
「でしょう?」

 しまうーは思い出した話を始める。
「一途といえばネットで見たんだけど、エストロゲンだっけ、女性ホルモンが多いと一途な性格になるんだってさ」
「へー、初めて聞いた」
「あんた女性ホルモン多そうだし、記事見てなるほどと思っちゃった」
「私多いかなー」
「自分の胸見てみたら。でもねぇ、気をつけた方がいいよ。多すぎると一途すぎて、彼氏以外周りが見えなくなったりするらしいから」
「えー、私は大丈夫だよー」
「だって結果オーライだったけど、”家出”して小岩井さんの家へ押しかけるなんて、恋は盲目以外の何者でもないじゃん」
「う゛っ」
風香は何も言い返せなかった。
そして今までの自分の行動を振り返ってみる。
「ハイ、気をつけマス……」
「ちょっとおどかしちゃったけど、これでも心配してるつもりだから。じゃあ進展あったら教えてくれー。おやすみー」
「うん、おやすみー」

 風香は鏡で自分の胸を見ながら考える。
自分は本当に女性ホルモンが多いのだろうか。
あさぎに聞いてみようとしたが、恥ずかしいのでやめた。
気を取り直しファッション雑誌を広げる。
「次はどこ行くんだろ。小岩井さんてどんな服が好みなのかな。今度聞いてみよっと。あっ、小岩井さんに服を選んでもらうのもいいな」
風香はそんなことを思いながら、行きたいところを考えていた。
作品名:風香の手帖 作家名:malta