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風香の手帖

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 しばし沈黙した後、小岩井は気になっていたことを聞いてみた。
「あの彼ってどういう関係なの?」
「彼? 誰のことを言ってます?」
「割と背が高くて、青いバッグを持ってるやつ。風香ちゃんと一緒に歩いているところを、街でよく見た」
「……? ああ! あの人生徒会長なんです。そして私が副会長。って言ってませんでしたっけ?」
「風香ちゃんが副会長? いや、全然知らなかった」
「二学期の仕事を手伝ってもらってたんです」
「そうだったんだ。君があの男子生徒といつも仲よさそうにしてたから、俺はてっきり」
「てっきり? 何ですか?」
「い、いや」
「もしかして小岩井さん、それで嫉妬しちゃってあんなことを?」
「まあ、その、嫉妬というか、自信と言うか」
「自信?」

「正直に言おう。俺は君を守る自信、君を幸せにする自信がなくなっていた。そして君の気持ちも考えず、俺の勝手な思い込みで、俺は君にふさわしくないと思ってしまった」
風香はじっと聞いている。
「そしてさっきの生徒会長の彼がボーイフレンドだと勘違いして、俺よりも彼の方が君に似合いだと思い、身を引いた方がいいと考えた。だけど会えなくなって、いかに君が大切な存在かがわかったんだ」
「小岩井さん…… よかった。それじゃ私は小岩井さんに嫌われたんじゃなかったんですね」
「俺は今でも風香ちゃんが好きだよ。自分でもこんなに君を好きになっていたとは思わなかった。勝手な言い分は百も承知だけど、できればやり直したいって言いたくて、毎日風香ちゃんを探してた」
「すごくうれしい…… けど、前言いましたよね、私は一途だって。それを信じてもらえなかったのは悲しいです」
「本当に申し訳ない。どんなに謝っても謝り尽くせるものではないけれど、どうすればゆるしてくれる?」
「じゃあキスして」
「ここで?」
「うん」
風香が目を閉じる。
小岩井は何のためらいもなく、風香にキスをした。
乗客たちがざわめきたつ。
唇が離れ、風香は微笑んで小岩井の目を見つめる。
「うれしい…… 小岩井さんが私のわがままを聞いてくれて」
「風香ちゃん……」

「さっきの話、実は私も同じなの。小岩井さんが、知らない女の人と一緒にいたのを見て嫉妬しちゃって、私のような子供より大人の女性の方が小岩井さんにお似合いなんじゃないかって思ったの」
「今回は俺が君の幸せのことを考えすぎてしまったけど、俺の気持ちは風香ちゃんと一緒だよ」
「うん。だから私も小岩井さんにゆるしてもらいたくて。どうすればいいですか?」
「それじゃキスしてくれる?」
風香は小岩井の肩に両手を置き、背伸びをしてキスする。
「これでおあいこだ」
「小岩井さん大好き!!」

「何か話ばかり先行していて、ちゃんとプロポーズしてなかった気がするけど、ここでしてもいいかな」
「ぜひ……」
「風香ちゃん、俺は本当に君が好きだ。これだけ好きになれる女性にめぐり合えるとは思わなかった。一生大事にするから結婚して欲しい」
「はい。一生大事にしてください」
そのとき二人のやりとりを見ていた乗客から拍手が起こり、二人は真っ赤になりながら、周りに頭を下げた。

「そういえば風香ちゃん、最近携帯の電源切ってる?」
「私の携帯、雨の日に濡れて壊れちゃったから、今修理に出してるんです」
「それでか。毎日電話が通じないからどうしたんだろうと思って」
「ごめんなさい。言っとけば良かったですね」
「風香ちゃん、話ができれば電話はいらないから」
「あはは、そうですよね」
二人は久しぶりに笑いあった。

 そして小岩井が風香の手を握る。
「とりあえずここからやり直そう」
風香がその手を握り返す。
(好きになったのが小岩井さんでよかった……)
そして風香は小岩井の顔をじっと見つめる。
「何、どうしたの」
「小岩井さんの顔を忘れないように見てる」
「え? 俺の顔忘れちゃう?」
「違うの。小岩井さんのどんな顔も、いつでも思い出せるように見ているの」
そして風香は手帳のことを思い出した。
「小岩井さん、実はお願いがあるんだけど…… 前に買ってもらった手帳がダメになっちゃったから、もう一度買ってもらえるととてもうれしいなって……」
「それじゃプロポーズの記念に手帳を買おうか。その後手続きに行こう」
「はい!」


 それから何回か季節が変わったある日、風香は自分の部屋で手帳に何かを書き込んでいた。
うれしそうに微笑んでいる。
すると小岩井の呼ぶ声が聞こえてくる。
「風香ちゃん、ちょっと来てくれるー?」
「はーい!」
書き終えた手帳を鞄にしまい、風香は小岩井の下へ向かう。
その左手には、指輪が光っていた。
作品名:風香の手帖 作家名:malta