Eile mit Weile.
「怪我、ちゃんと治るように、退院するまでは、しない。」
これは、てこでも動かない、という意志が見える。まずい、真っ直ぐ過ぎて頑固な気性が変な所で顔を出してきたようだ。さてどうやって言い包めるか、と見つめながら考えていると、蒼葉が少しだけ瞼を落とし、呟いた。
「お前は気にしないって言ってくれるんだろうけど、俺はお前が変に痛い思いするのは…嫌なんだよ。」
ちょっとまて、そこで寂しそうに呟くな。この状況でアンタに痛そうに、辛そうにそう言われて、俺が先に進めるとでも思ってんの?あぁ、どうしてくれよう、コイツ────。
「・・・・・・なら、キスくらい良いんじゃねーの?」
たっぷり間(といっても数秒だが)をとって、漸く言えたのがこれだけだ。ここまで俺に譲歩させたのアンタが初めてだぞ。不満が声にも顔にも出ているのは分かっていたが、隠し様もないのでそのままだ。けれど蒼葉は更に首を振る。
「…き、キスも、だめ。」
「なんで?」
流石にここまで拒絶されるとなると、いい加減怒っても良いよな。つか既に怒ってるが。
不満から若干の怒りへとシフトしたのを感じ取ったのか、蒼葉が狼狽しつつも答えてくる。
「い、嫌とかそんなんじゃないからな!ただ…。」
「ただ、何?」
「・・・・キス、すると、我慢出来なくなりそうだから、しない。」
ぼそりぼそりと申し訳なさそうに呟かれて、その場で押し倒さなかった俺の忍耐力はかなりというかとてつもなく優秀だったと思う。
────その後、面会に来る蒼葉と当たり障り無い会話をしながら、退院したら覚悟しとけよコノヤロウと思う日々を暫く過ごすことになる。
作品名:Eile mit Weile. 作家名:杜若 深緋