Eile mit Weile.
想像した通りの言動がそのまま目の前で展開される。ああ、全く気に入らない。最後まで聞いてられず蒼葉の言葉を遮る。
「どうか…って、お前。」
そこで漸く互いの視線が絡み、瞳に僅かばかりの怒りが伺える。こういう風にでも言わなければ、今みたいな状況じゃコイツは俺を見ないだろうから、どうしようもない。正直、面倒だとか厄介だとも思う。でもそれ以上に望むものがある。
「どーせ、自分の所為とか考えてンだろ。」
「・・・・・・」
言葉に詰まった蒼葉を一瞥し、まだ立ち続けられる状態ではない身体に内心舌打ちしつつベッドに腰掛け、そのままだと立ちっ放しで居るだろう蒼葉に椅子を勧める。
「勝手にアンタだけで決め付けてんなよ。」
「だけどさ…」
「誘ったの、こっちだし。だからって、俺『だけ』の所為なんて言う気ねーけど。『お互い様』ってヤツなんじゃねーの?」
自己完結されて堪るか。蒼葉にその気は無くとも、勝手に一人で自己嫌悪とやらに沈んだところで、そこに俺の存在は無い。互いに望んだ結果なのに、勝手に一人で背負った気になってどーする。
蒼葉は何も言わず、こちらを見ている。まだ戸惑っている気配はあるが、怒りではない感情が見えるのと、視線が外されないので取り合えずは良しとする。
「俺が誘って、アンタが乗った。それだけだろ。自分だけの所為にしてんな。それじゃ俺が何処にも居ない。」
「・・・・・・ノイズ。」
先ほどまでの苛立ちはもう無い。代わりに、もやもやとした焦燥感に似た物が鎮座する。
気に入らない、自分を無視するんじゃない。一人だけで立ってる気になるな。
────俺を見ろ。
以前の自分だったら在り得ない、哂い飛ばしていたであろうこの感情は、端的に言えば子供の癇癪だ。独占欲の末梢でしかない。
これ以上は余計なことを口走りそうで口を引き結ぶ。そんな俺に何を思ったのか、蒼葉は椅子をベッド脇に近づけると、ギプスを巻いた手の平に指を置く。
「ごめん。それから、ありがとな。」
「それ、何に対して?」
「お前のこと、無視しちゃっただろ。そこまで言わせちまった。だからごめん。んで、言ってくれてありがと。」
蒼葉が笑う。それを見ると、何だか全てがどうでも良くなってきた。だから、これで仕舞いだという合図として、わざとらしくため息をつく。
「アンタってほんと、バカだよな。」
「何だよ、それ。」
「そのまんまの意味。」
自由が利く左手で、緩く蒼葉の頬を擦る。顎に手をかけ頬から目尻のラインを親指の腹で擦ると、蒼葉が目を細めた。
「くすぐったいって。」
「そう?」
「そーだよ。」
仕返しとばかりに同じことをされる。俺には、くすぐったいというより手の平の熱が温かいという感想が先に来る。
「…俺さぁ。」
一頻り顔を撫でさすって満足したのか、蒼葉はゆっくりと手を引くと、代わりのように俺の胸に頭を預けてきた。と言っても、軽く触れる程度ではあったが。それでも、布越しといえど重なり合った部分から蒼葉の熱が流れてくる。
「今日一日ずっと、昨日あれこれしといて、どんな顔でお前と会おうかとか、考えてたんだけどさ…。」
ぼそぼそと、蒼葉が言葉を紡ぐ。言葉の合間にああ、とかうう、とか唸っている。
「まぁどうしたって逢いたかったし、どうにでもなるだろとか思ったんだけど、あの…看護師さんだっけ?に言われて、最初は昨日のこと思い出してただ恥ずかしかったけど、その後怪我に響くこと言われて、あぁ俺浮かれてたーって、気付かなかったーって、結構…ダメージでかかった。」
正確に言えば看護師じゃないとか顔上げて言えよとか諸々突っ込みたい。てかコイツ俺に自分の事考えろとか言う割りに俺の事も考えろよ。この体勢でこーいうこと言ってどーしたいわけ。ナニされたいわけ?
「何、俺って今口説かれてんの?」
「なんでそこでそーなるんだよ!」
病院ということもあってか、多少声は小さかったが、蒼葉が否定の声を出し顔を勢い良く上げる。非難めいた視線までおまけだ。あぁ、つまりあれ素なのか。性質わりぃ。
「お前は痛み知ったばっかだし、俺がもっと気をつけなきゃいけないことだったんだよ。」
「気にし過ぎじゃね。つか年上ぶり過ぎ。」
「や、実際年上だし。ってそうじゃなくて…。」
しょうがないな、と零すと、蒼葉が薄く笑んだまま視線を合わせ、固定されてまだ碌に動かせない右手をゆるく撫でる。
「心配ぐらい、させろよ。」
そんな顔で、声で、そんな風に言われてしまうと、本当にどうしようもなくなる。瞬時に湧き上がった、慟哭にも似たこの激情は、きっと悲しみなどではなく。
────きっと、これが幸福の一欠片というものなのだろう。
破片ですらこれほどの衝撃をもたらすならば、この先自分はどれ程この波に打ちのめされるのだろう。溺れてしまわない自信が、現時点ではどこにも見つけられない。
「アンタ、ほんと性質わりぃのな…」
「っう、えぇ!?ちょ、ノイズ…!?」
気付くと、腕の中に蒼葉を抱いていた。蒼葉は怪我を気にしてか、もがきはしたものの、暫くすると大人しくなった。
そのままで何も言わない俺をどう思ったのか、蒼葉は背中に腕を回してくると、ゆっくりと数回撫でた後ぽんぽんと柔く叩き始めた。
「…何、それ。」
「ん?や、何となく。」
こーしたくなった、と耳元で笑われれば、自然と返す言葉に苛立ちが混じる。
「ガキ扱い、すんな。」
「ほんとのガキにはあんなことしねーよ。」
無意識なんだろうが、やっぱり性質が悪い。迂闊過ぎる上に警戒心もない。入院してから今まで、蒼葉は俺のことを放っておけなかっただの危なっかしくて見てられなかっただの散々言ってきたが、実際近付いてみると蒼葉の方こそまさにそれだ。まぁその辺りは俺が上手く立ち回れば良い。というかやる。
「どした?」
「…なんでもねー。」
次第に眉間に皺が寄ったであろう俺を見て、機嫌が悪くなったと思ったのだろう。蒼葉が少し身体を離そうとしたが、それを許さず更に身体を抱き寄せる。
蒼葉以外に向いている苛立ちと、それまで煽られた波によって衝動的に口付ける。
「!?」
声を上げようとする口をそのまま塞ぎ、抗議の声も吐息も舌で絡め取り吸い尽くす。眼前の蒼葉を眺めると、驚愕の様子から徐々に瞳が熱を持ち、欲が溶け出してくるのを感じる。更に深く、と蒼葉の身体を抱きしめる腕に力を入れ、呼吸の為にほんの一瞬口を離すと、いきなり蒼葉の手の平が障害物となって顔にぶち当たる。
「…何?これ。」
自分でも思いのほか低い声が出た。その低さに、蒼葉がばつの悪そうな顔でびくりとしたが、そんなことは気にしてられない。手を退かそうとした俺に、蒼葉が今度は両手で止めにかかる。
「おい、こ「だ、駄目だからな!」
勢い良く遮られた。この流れでこの状況で何が駄目なんだよ。わけわかんねぇ。
蒼葉は顔を朱に染めたまま、けれどまっすぐと俺を見据えて言い放った。
「ちゃんと怪我治って退院するまで、こーいうのは、しないからな。」
「は?」
思わず硬い声がでる。しかし蒼葉は怯まずに真っ直ぐに俺を見据え同じことを返してくる。
作品名:Eile mit Weile. 作家名:杜若 深緋