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いつき りゅう
いつき りゅう
novelistID. 4366
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吹花

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長屋の瓦屋根の上。
風に弄ばれるように揺れ動く髪の毛が見えて。
俺には、不思議とすぐにそれが誰なのか分かった。

三角飛びの要領で飛び上がる途中で柱を蹴り上げ更に高く飛び、軽やかに屋根の上へと降り立てば、思った通りの人物が屋根の棟瓦に腰を降ろして遠くの山を眺めている。

「ハチ」

俺が屋根に飛び上がった時点でもう気付いていたのか、声を掛けても驚いたような素振りは窺えなかった。
向こうも振り返って片手を上げて、「よう、兵助」とただ返事を返すだけで。
あんまりにも何気なく返すもんだから、俺はかえって竹谷がここで何をしていたのかが気になった。

「なにしてんだ。こんなとこで」

日向ぼっこと言うには空は曇りがかっている。
年季だけは入った古臭い長屋の、飾り気も何もない屋根には見るべきものなど何もないように思えた。

「あれ、見てた」

上げていた手をそのまま前方に伸ばし、竹谷が指差すのは正面に広がる山々。
手前が青々とした緑、奥はうっすらと灰色がかった水色に彩られた、普段と変わらぬ何の変徹もない風景にしか見えない。
それでも何かを見つけだそうと目の上に手を翳し、視界一杯に広がる山の緑の斜面を端から端までねめつけて行くと、常には無い色を見つけて目線が止まる。
緑の斜面の一角に挿す幾筋かの白。

「…桜か?」

今の時期と、緑の中に埋もれながらもかすかに分かる全体の輪郭にそう推測して、傍らに座る竹谷に確認すると、竹谷も頷き肯定を寄越した。

「何本か固まってんだ。あそこと…あそこに、それとあっち」

一つ一つ指差す先を目で追えば、確かに同じ様な白い筋が存在していた。
点ではなくて、緑一面の山の斜面に、筆で短い線を書き入れたかのような白い筋。
一本だけ咲いていたのでは周りの木々に埋もれ、覆い隠されてしまうのだろう。

「あの辺りにも桜があったのか」

学園周辺ならすでに知り尽くしたとばかり思っていたが、一年を通して一つの季節の僅かな期間にしか咲かない花の所在までは流石に把握し切れていないのも当然か。

「ずっとここから見てたのか?」

頭に浮かんだ純粋な疑問をそのまま竹谷に向けると、やっぱり頷きがかえって来る。
屋根から見下ろす眼下の景色は遮る物もなく、遥かに広がる視界のほんの僅かな違いを竹谷は何時から知り、こうして眺めていたのだろうか。

「な〜んかさぁ…」

「ん?」

「海、みたいだなって」

海?
言われてもう一度山に視線を向けると、ちょうど心地よい風が吹き抜けて行った。
山の斜面も撫でるように揺らして吹く風のままに、過ぎる風の後を追って揺れる木々。
なるほど。綺麗に並んで震える葉の動きは、確かに波打つようにも見えた。
木の緑が海面であの桜の辺りが白波か。
臨海学校で訪れた海で見た、絶え間なく波で揺れる青い水面と、それに泡立つ白い波を思い出す。

「海か…臨海学校は結構楽しかったよな」

授業の一貫とはいえ、普段山に囲まれた学園内とは違う環境に赴くのは胸踊る出来事だったし、自分達の使う物とは明らかに違う物珍しい道具に触れたり、休憩時間には海岸で遊んだりも出来て、短い期間ながらも貴重な体験ばかりが詰まった日々だった。

「魚釣りもしたよな。雷蔵はワカメしか釣れなかったけど」
「砂浜で見つけた貝殻の投げ合いもやったな。あれは何でああなったんだっけか?」
「よく覚えてないけど…お前と三郎が始めじゃなかったか?」
「そうだったか?」

竹谷がふざけて投げた貝を今度は三郎が応戦して…何でか最終的にろ組全員が紛れて勝負になっていた覚えがあるけど。
い組とは組は緊急避難して遠巻きに眺めてたんだよな。
最後は兵庫水軍の水夫だって人に怒られて、全員拳骨を貰ったっけ。

「桜か…今年も花見すんのか?」
「いちお、そのつもりらしい」

い組の皆とやる花見は毎年あるが、雷蔵たちとのごく内輪の花見もお互いの都合を付けつつやっていた。
俺だけ組が違うから、低学年の頃に予定がつかなくて不参加って事が一回あったけど、それ以来俺も参加出来るように竹谷達が気を回してくれるから、ほぼ毎年一緒に花見をしてる。

「今年は雷蔵に酒飲ませないようにしないとなぁ…」

酔っ払った雷蔵が俺の肩に凭れて眠った時の、あの三郎の眼。
邪な考えなんか欠片も無いってのに、視線で射殺せそうな目を向けられるのは勘弁願いたい。

「三郎もなんであぁなんかねぇ…」

雷蔵が絡むと外聞も何も無くなる三郎には周りが振り回される。
それを制する役目が自然と振り分けられてしまっているので、人事ながらも雷蔵は大変だなと、親友の苦労を思い俺は思わず嘆息を洩らした。



「……なぁ、兵助ぇ…花見、行かないか?」

唐突な誘いに目をしばたかせた俺を竹谷が見返す。

「だから、今その話を」

「皆で、じゃなくて、俺とお前の…二人でさ」

言い辛そうに所々つっかえながら竹谷が言った。

「俺と…お前の?」
「雷蔵や三郎達と行く以外にさ、俺達だけでも行かねぇ?
ほら、例えば今度の休みにあの辺りとかさ」

指差したのは白波の一つ。
そこに他にはない何かがあるわけでもなく、風に煽られ桜が波立つだけ。

「花見以外にもさ、海も一緒に行こうぜ。今度は授業じゃなくて遊びにさ。
夏休みに帰省する途中でちょっと寄って、戻ったら夏祭りとかも一緒に行こう。な?」
「ちょ、おいおいハチ」
「秋になったら紅葉見に行くだろ。そんでもって栗とか茸とか採って来て、おばちゃんに旨いモン作って貰って二人で食ってさ、冬には初日の出見て初詣で行っておみくじ引いて」
「いや、だからちょっと待てよ!」
「何?」
「何だよいきなり。何で急にそんな事言い出すんだよ?雷蔵達が一緒だと駄目なのか?」

竹谷が言った事全部、去年まで雷蔵や三郎と俺ら四人で一緒にやって来た事だ。
別に今年も皆で行けばいい話なのに、去年までは良くて今年は雷蔵達を誘わないって、どんな理由なんだ?

「何でって……」

言うべき言葉を探すかのような素振りを見せたあと、目を僅かに伏せ、唇を軽く噛んだ竹谷の様子に、内心俺は困惑した。
いつもだったら、率先して『皆で遊ぼうぜ』とか言って手当たり次第に声を掛けて面子を集めて盛り上げるくせに。
何だよその仕草。俺、何か言っちゃいけない事言ったのか?


「……俺が兵助と遊びたいからだよ。それじゃ理由にならないか?」

棟瓦に腰を降ろした竹谷は、俺よりも低い目線から真直ぐ俺を見上げて来る。
俺より背が高いはずの竹谷を見下ろしている、その感覚に常とは違う物を感じて、一瞬戸惑った。

二人無言の中、竹谷から伸ばされた手が俺の腕を掴む。
さして力の入っていない手は躱す事も、振りほどく事も出来るのに、足から屋根に根が生えたかの様にくっついて咄嗟に体を動かせなかった俺は、訳も分からず大人しく繋がれていた。
竹谷から俺に真直ぐ向けられた手と視線に。
作品名:吹花 作家名:いつき りゅう