あたたかい場所
あの時の驚きは相当なものだった。
確かに、誰が惜しんでくれる命でもない。イタチにしても鬼鮫にしても、社会の秩序からはみ出した存在であり、寧ろその死こそ歓迎される存在だ。
それを惜しむのは、自身だけ。
しかし、イタチは自身ですら命を惜しまない。それこそ、いつ果てても構わない程度のものだと思っている。
鬼鮫にはそれが酷く哀しかった。
そうして、結局の所、イタチを思いやる心が暴走した結果、イタチを逆に追い詰めた結果になってしまったわけである。
「駄目ですねェ……本当に」
思考の海からゆっくりと浮上して、苦笑いしなが呟く鬼鮫の視線の先には、洞窟の外で雨を浴びるイタチが居た。
鬼鮫が静かに物思いに耽る間ずっとそうしていたのだろう。
身体に障りますよ、という鬼鮫の言葉は当然の如く黙殺された。腕を掴めば、恐ろしいくらいに禍々しく輝く赤い瞳に睨め付けられて、鬼鮫は流石にこれ以上の干渉を諦めた。
この雨に紛れて、彼は泣いているのかもしれない、と鬼鮫は思う。
降り続ける雨の奏でるリズムは、軽快であるが、鬼鮫の心は重い。
か細い背中は、相も変わらずに、ただ雨に濡れている。
「……いい加減、身体も冷えたでしょう?」
「……何故、そんなに構うんだ。放っておけばいいだろう?」
「放っておけないんですよ…貴方だから」
鬼鮫は、洞窟から出て、イタチの左隣に並んだ。頭一つ分くらい背の高い鬼鮫に、イタチは顔を動かすことなく視線だけを投げる。何も籠もらない視線ではあるが、その視線に鬼鮫は笑って見せた。
それを捉えるや否や、そろりと逸らされた視線。
何があるのかは知らないが、己の命さえも軽く考えてしまうイタチ。
そんな危うい存在を放っておけるはずがない。ただでさえ、好きなのだから、目を離せるわけがなかった。
鬼鮫は、イタチの頭にそっと右手を置く。
先ほどの洞窟を出る前のやりとりから考えれば、振り払われる位は覚悟していたが、鬼鮫の思考に反して、その衝撃はいつまで経っても訪れなかった。
代わりに返ってきたのは、弱々しい声。
「……お前に甘えたら、俺は駄目になる。そんな駄目な自分を、俺は許せない」
俯き加減で呟くイタチの表情は判然としないが、きっと険しい顔をしているのだろうとは予想が付いた。
「そうですね…貴方はそういう人です。でも、折角のパートナーなんですから、甘えるとかじゃなくて、ただ本当に苦しい時くらいは、この手を取って下さい」
返事はなかったが、鬼鮫は頭に置いていた右手を下ろし、だらりと力なく落ちているイタチの左手をそっと握りしめた。
ぴくりとイタチの身体が跳ねる。鬼鮫に握られたイタチの手は、鬼鮫の手を握ろうか、振り払おうか決めかねているようで、居心地が悪そうに、もぞもぞと動く。
それを押さえ込むように力強くその手を握れば、イタチは観念したように、力を入れて、鬼鮫の手を握り返した。
「思っていたよりも、温かいな…」
ぽつりと呟かれた言葉に、鬼鮫はそうでしょう、と得意げに笑って見せた。