二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

一すくいの水を

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
1.

〈君は、お姉さんとお祖母さんと一緒に行かなくてもよかったのか〉
 至って普通に話しかけてきたアストラルに、遊馬は声を張り上げて答えた。
「だってよ! こんなに暑いんだぜ! せっかくのチャンスなんだ、逃すことはねえだろ!」
 別に腹を立てている訳ではない。相手にはきちんと聞こえているとは分かっていても、ついついそうしてしまうのだ。何しろ、
「こんなに綺麗な川があるんだからよ!」
 辺りに絶え間なく鳴り響く滝の音が、今にも遊馬の言葉をかき消してしまいそうになるので。

 二人の前方では、淀みのない川が日の光を浴びて銀色に照り返す。その最奥では二段瀑の滝が、苔むした岩肌を白い筋を描いて青緑色の滝壺目がけて滑り落ちる。滝と川の周囲に生い茂る深緑の隙間からは、雨あられのようにジージーと降り注ぐ蝉の声。滝の音にも負けないその声は、茹だるほどの夏の暑さをいや増している。
 遊馬は姉の明里と祖母の春と共に、この山奥の水源地まで遊びに来ていた。遊馬と明里の休日の予定が珍しく合い、ならばと一家は日帰り旅行をすることにしたのだ。
 この水源地はキャンプ場や遊歩道を併設している。格好の遊び場を見つけてはしゃぐ遊馬だったが、明里と春は、川で水遊びする歳じゃなし、とそちらの方に散策に出かけた。後に残る遊馬に、「溺れないように注意すること」、「水で身体を冷やし過ぎないようにすること」ときっちり釘を刺してから。
 できるものなら今すぐにでもこの涼しげな水の中に飛び込みたい。浮き立つ気持ちを辛うじて抑えつつ、遊馬はレザーベストに手を掛けた。アストラルが見ている前で遊馬の衣服が宙を舞う。背後の乾いた岩の上に真っ赤なレザーベストがどさりと投げ出され、その上にシャツがふわりと被さり、続いてズボン。岩の下をスニーカーが一足ころころ転がり……。
「――よし。じゃ、行こうぜアストラル」
 最後に皇の鍵の紐を軽く引っ張って確認し、水着姿の遊馬は川を指差しアストラルに向かって言った。

 水の流れにつま先だけ浸す。
「ひゃはー、冷てえー」 
 途端に伝わるぴりりとした冷たさ。あっという間に全身を駆け巡る冷気に震えながらも、遊馬は意を決して川の中に足を踏み入れた。一歩また一歩歩み出す度に、川の流れを遮ってさざ波が立つ。
 遊馬の身体が水温に慣れる頃には、膝下までの深さにまで到達していた。彼はきょろりと辺りを見回し、唐突に、
「かっとビングだぜ、オレ――!」
 川底を力いっぱい蹴り付けて、思い切りその場で飛び上がった。 
 静かに流れていた川面に空高く上がる水柱。大きく広がる波紋。水しぶきと日の光を浴びて、宙になびく皇の鍵が光の粒を弾く。傍を泳いでいた流線形の行列が、慌てふためいて逃げ惑う。
「はー、涼しいー。やっぱこういう時は泳ぐのが一番だよな!」
 そんな遊馬を空中からじっと見ていたアストラルだったが、徐に水辺に近づくと遊馬の真似をして川に入った。しかし、流水はアストラルの身体を突き抜ける。すくおうとした手指からは一滴残らずすり抜ける。 
〈やはり、何も感じないな……〉
 淡々とした一言。しかし、遊馬の胸の内側をつきりと痛ませるには十分な言葉だった。そんな彼の視界の端に映った、水の中を泳ぐ小さな影。
「アストラル」
 呼べばアストラルはすぐにこちらを向いた。遊馬は彼に向けて器にした両手を差し出す。悪戯っぽい表情を浮かばせて。
 興味を引かれて近づいて来たアストラルの眼前で、小さな影がぴしゃんと跳ねた。
〈!〉
 アストラルの色味の違う目が、ぎょっと見開かれる。
 影――小さな魚は、綺麗な放物線を描いてアストラルの頭上を通り越し、波紋一つ残して川底に戻って行った。
「あーあ、逃げちゃった」
 アストラルは目を丸くしたまま空中にぴたりと留まっていた。余程驚いたのだろう。この反応だけでも愉快だったのだが、
〈遊馬。君は今罠を使ったのか?〉
 そんなことを大真面目に言うものだから、遊馬はとうとう堪え切れずに吹き出してしまった。

作品名:一すくいの水を 作家名:うるら