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一すくいの水を

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 2.

 滝と蝉の声に混じって、くしゃんと響くものがある。
 岸辺の平らな岩に仰向けになって寝転がっている遊馬を、アストラルが腕組みして見下ろしていた。
〈彼女たちの注意事項からして、こうなることは危惧していたが。君は全く、予想を裏切らない人間だ〉
「悪かったな……」
 遊馬は再びくしゃん、とくしゃみしてふるりと震えた。調子に乗って冷水に長居し過ぎた身体は、熱をすっかり奪われてしまっていた。
 ふわりとアストラルが遊馬の傍に舞い降り、額へと手を伸ばす。人間が誰かの体温を測る仕草だ。触れればすぐさま突き通ってしまう間柄だが、そこに手を近づけられるとどうもむず痒くてしょうがない。
「こら、くすぐったいってば」
 迫り来る半透明の手のひらから笑い交じりに逃れて、遊馬はごろんと寝返りを打つ。降り注ぐ木漏れ日に当てられて、岸辺の岩は温められていた。表皮を通して緩やかに、失っていた熱を取り戻す。
 幾分か体が温まって人心地ついたところで、今度は遊馬の腹が盛大に鳴った。
「腹減った……。姉ちゃんたち、まだ帰ってねえのかよ」
〈ああ。残念だが、それらしき姿は見当たらない〉
「えー、二人ともどこまで行ってんだよ」
 空腹なのと暑いのとで、遊馬はぐんにゃりと岩の上でだれた。全員が揃わないことには持参した弁当も広げられない。白く艶々したデュエル飯を求めて、腹の虫がさっきからずっときゅるきゅる文句を言っている。おまけに喉も乾いてきた。最後にお茶を飲んだのは、ここに付く直前の車中でのことだ。
 首を左に向ければ、すぐそこにあの滝が見える。あそこに行って手を伸ばすだけで簡単に得ることができるのだ。冷たくて、綺麗で、美味しい水を一すくい。
〈止めておいた方がいい。この世界では、エネルギー補給に適した水は極めて限られていると聞いたことがある〉
「――分かってるよ、ちょっと思っただけ。後で腹壊すのも嫌だし」
 岩の上で忙しなく遊馬の脚がばたついた。それもいつしか止み。
「あれ?」
〈どうした〉
「ほら、滝の横。何か見えねえか?」
 むっくり起き上がると、スニーカーだけ履いて滝の横に向かう。アストラルも遊馬の後について来る。
 そこにあったのは小さな水飲み場。一本だけ設けられたパイプからは、澄んだ水が引っ切りなしにコンクリート製の水盤に注がれていた。設備の古さとあちこち苔むした水盤からして、設置されたのは随分前らしい。ここに遊馬たちが到着した時点では、木陰に隠れてしまっていて分からなかったのだ。
「名水。この水は飲めます。って、やった、飲んでいいんだ」
 立てられた看板には、この湧水について長々と記されている。長寿だの延命だのという霊験あらたかな由来を熱心に読み始めるアストラルを尻目に、遊馬は嬉々として湧水を両手にすくい取った。一気に飲み干せば、ひんやりとした感触が食道を伝って空っぽの胃の中に収まる。
「ぷはー、うめー。もう一杯」
 アストラルは看板をとうに読み終えたらしい。彼は、遊馬が水を手ですくっては飲む行動を黙って観察していた。ごくごくと喉が鳴る様子や、口の端から滴がつうっと滴り落ちるに至るまで、つぶさに。
 最後のおかわりだと、両手をたっぷりと水で満たした時のことだ。
〈遊馬〉
「ん?」
 そのままだ、と乞われて、遊馬は思わずぴしりと固まった。
 前方に捧げられた格好の両手に、形のよい顔がどんどん近付いてきて、

 辺りに突如こだまする、けたたましい羽音と鋭い鳴き声。
 それらが次第に遠くなり、再び滝と蝉の声が森中に溢れる中。やっと我に返った遊馬がぽつりと喋った。
「……そうしてると何か、ほんとに飲んでるみてえ」
〈そうか?〉
 澄まし顔で離される空色の唇。隙間から見え隠れする紫色の舌。何故だか目が離せない。さっきからずっと頬っぺたが火照っている。体温を取り戻すのを通り越して熱を出してしまったかのようだ。
 もどかしい。言葉が喉のところまで出かかっては引っ込む。だってそんなはずはないのだ。今まで散々飲んだ水よりも、アストラルが「飲んだ」のが一番美味しそうに見えたなんて。

「遊馬――! お昼にするわよ、早くいらっしゃ――い!」
 遊歩道の方で明里が呼んでいる。
 呼び声にアストラルが気を取られている隙に、遊馬は手のひらに残る水をこっそり飲み干してから、
「今行く!」
と怒鳴り返した。


(END)


2012/10/7
作品名:一すくいの水を 作家名:うるら