なんだってお前またこんなところで
俺だってごく一般的な普通の男子高校生だから、家に神様が住み着いてたり、あまつさえそいつと姉弟っていう設定になってたり、そいつが学園のアイドルになってファンクラブまであったりしてたとしても、やっぱり俺自身はどこにでもいる普通の男子高校生だから、部活のない日は学校帰りに駅前まで買い物に行ったりだってする。ちなみに今日は、これからスーパーに食料品を買いに行かなきゃいけなかったりもする。月曜だから週刊プレイボーイを買いに行きたいような気もしている。ナギがうちに住み着いてからは一度も買ってないけれど、つい今までの癖で月曜は自然と本屋に足が向かってしまう。男子高校生の悲しいサガってやつだ。
そんな体も心も忙しい今日だから、そりゃあ近道だってしたくもなる。それがたとえ、以前ざんげちゃんが絡まれてる場面にうっかり遭遇してしまった道だったとしても、俺だって普通の男子高校生程度には忙しいんだから近道があるなら近道くらいするし、その物ぐさゆえに罰が当たったっていうなら神様ってやつはどんだけ心狭いんだ。それとも、なあ、ナギよ。これはもしや俺が奇しくも昨日、お前のおいしん棒(めんたい味)に手をつけてしまった罰か何かか。
「……」
路地裏で仰向けになって、転がっている秋葉と目が合う。秋葉はパクパクパクと口を動かしてる。瞳孔も開いてる。ちなみに口の端は血が滲んで左の頬は腫れてるし、手首にはなんだか思いっきり掴まれた跡がある。情けなく鼻血も出ていた。なんだって週明け早々、友人の痛々しい姿を目撃しなきゃならない。そもそも秋葉、どうしてお前はこんな所で倒れてるんだ。
「あ、秋葉…?」
「…やられた」
大丈夫か、って大丈夫じゃないのは見れば分かるけど、そう尋ねようとしたら秋葉は割としっかりした声を出して、それからガバっと腹筋だけで起き上がった。ひいっ!と小さく情けない声が出たけど、それくらい異様だった。想像してみて下さい、路地裏で怪我した金髪の男がまるでゾンビか何かのように起き上がる光景。
「やられた、って…他にも怪我したのか?ていうか何があったんだ、喧嘩とかしないだろお前」
「ああ、そうだ…迂闊だったよ僕とした事が!ああ!!もう駄目だ…くそっ……」
噛み合ってない会話の後、俺の目の前でさめざめと泣き始めた秋葉。ああ、ああ、と悲しげな声が汚い路地裏に小さく響く。どうして良いか分からないので、とりあえず近くに寄ってみる。教科書とかノートとか、いつも秋葉が部活中書いてる漫画の原稿とか、あと何やら大判で薄い漫画本が何冊か散らばっている。見た事のない漫画だったのでちょっと気になって手を伸ばせば、「うおおお御厨!それだけは見るなあああ!!」と泣いてたはずの秋葉がものすごい速度で俺の手から漫画を奪っていった。ついでに、ものすごい速度で散らばったままだった自分の私物も拾い集めていった。本やら教科書やらをまるで俺から守るかのよう、大事そうに抱えて後ずさる。なんだかちょっとショックな気もするけれど、これだけ動けるなら大丈夫かと判断して「で、何があったんだよ」と尋ねてみる。すると秋葉は、不自然なくらいに視線を上へ下へとさ迷わせ、それから観念したかのように口を開いた。言いたくないなら別に言わなくても構わなかったんだけど。
「…今日は月曜日だろ」
「そうだな。月曜だな」
「でも、月曜でありながら1日でもある訳だ」
「ん?…まあ、確かにそうだけど」
「毎月1日はコミックスの発売日と相場が決まっている。僕は今日、学校が終わってすぐにアニメイトへと直行した。今日は何と言っても、『ロリッ子キューティー』フィルムコミックス最新刊の発売日だったからな。しかも今回は書店店頭のみ取り扱いのおまけ小冊子付き限定版と表紙書き下ろしの特装版と通常版の3種類同時発売だったんだ」
ここまで全てを一息で言い、秋葉は大きく深呼吸した。なんだかこっちまで息が詰まりそうだ。
そこで秋葉がまた少し頭を上げて、お得意のマシンガントークをかましそうだったから、慌ててその口を手で塞ぐ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!つまり今日はコミックスの発売日で、何やら3種類のバージョンがあったという訳なんだよな?」
「正確には、限定版・特装版・通常版だ」
「…うん、ごめん。で、その漫画とお前の顔の怪我、どういう関係があんの?」
「……盗られたんだ」
「はあ?」
「限定版、僕が買ったのが最後の一冊だったんだ。倍の金出すから譲ってくれって言われて、断ったら殴られて盗られた」
秋葉は俺に説明しながら頭に血が上ったのか、肩を強張らせてわなわな震え出した。
「ご丁寧に金は置いていきやがったのがまた、腹立つ…!」
「あ、ちゃんと金はもらったんだ」
「違う!向こうが勝手に置いていったんだ!そこに!!」
指差された方を見ると、確かにそこには500円玉がぽつんと置いてあった。えっ、何、500円なの?500円でこんな大騒ぎしてんの?ていうか500円なら相手も何も殴る事はないし、こいつだってそんな怒る事なくね?と思ったのが顔に出てたのか、「オタクにとっての限定版とか初回版の有り難味を、いつだって一般ピーポーは理解しちゃくれないんだ!!」って喚き始めた。一般ピーポーって、だってそんなの絶対分かんないよ。500円の漫画1冊で泣いたり笑ったり、人殴ったり出来るオタクってすごいパワフルな人種だなあ、くらいにしか思えないよ。
「…あー、そういや俺、今から本屋行こうと思ってたんだけど…。うちの近くの本屋、結構たくさん漫画置いててんだけど、いつも漫画コーナーに人いないからさ、もしかすると秋葉の欲しい本、まだ残ってるかも」
またぐすぐすと泣き始めた秋葉にそう言えば、「限定版なんだ!限定版じゃなきゃ…限定版じゃなきゃ意味がないんだ!!」と吼えられた。それは分かったけど、いい加減ちょっとうるさい。
「うん、だからその限定版とやらがあるかどうかだけでも見に行ってみようぜ。俺、なんなら店員さんに聞いてやるから」
あと鼻血拭けよ、とさっき駅前で配ってたポケットティッシュを差し出す。大人しくそれを受け取った秋葉は、大きな音を立てて鼻をかんで、腕の中に大切に持っていた本の類を道に放り出されていた鞄の中に詰め込んでいく。ちらりと見えた漫画の表紙には、秋葉の手前、可愛いと評するべきなんだろう女の子の絵が大きく描かれていた。言っちゃなんだがすごい髪の色だった。(それはナギにも言えるんだけど)
そんな体も心も忙しい今日だから、そりゃあ近道だってしたくもなる。それがたとえ、以前ざんげちゃんが絡まれてる場面にうっかり遭遇してしまった道だったとしても、俺だって普通の男子高校生程度には忙しいんだから近道があるなら近道くらいするし、その物ぐさゆえに罰が当たったっていうなら神様ってやつはどんだけ心狭いんだ。それとも、なあ、ナギよ。これはもしや俺が奇しくも昨日、お前のおいしん棒(めんたい味)に手をつけてしまった罰か何かか。
「……」
路地裏で仰向けになって、転がっている秋葉と目が合う。秋葉はパクパクパクと口を動かしてる。瞳孔も開いてる。ちなみに口の端は血が滲んで左の頬は腫れてるし、手首にはなんだか思いっきり掴まれた跡がある。情けなく鼻血も出ていた。なんだって週明け早々、友人の痛々しい姿を目撃しなきゃならない。そもそも秋葉、どうしてお前はこんな所で倒れてるんだ。
「あ、秋葉…?」
「…やられた」
大丈夫か、って大丈夫じゃないのは見れば分かるけど、そう尋ねようとしたら秋葉は割としっかりした声を出して、それからガバっと腹筋だけで起き上がった。ひいっ!と小さく情けない声が出たけど、それくらい異様だった。想像してみて下さい、路地裏で怪我した金髪の男がまるでゾンビか何かのように起き上がる光景。
「やられた、って…他にも怪我したのか?ていうか何があったんだ、喧嘩とかしないだろお前」
「ああ、そうだ…迂闊だったよ僕とした事が!ああ!!もう駄目だ…くそっ……」
噛み合ってない会話の後、俺の目の前でさめざめと泣き始めた秋葉。ああ、ああ、と悲しげな声が汚い路地裏に小さく響く。どうして良いか分からないので、とりあえず近くに寄ってみる。教科書とかノートとか、いつも秋葉が部活中書いてる漫画の原稿とか、あと何やら大判で薄い漫画本が何冊か散らばっている。見た事のない漫画だったのでちょっと気になって手を伸ばせば、「うおおお御厨!それだけは見るなあああ!!」と泣いてたはずの秋葉がものすごい速度で俺の手から漫画を奪っていった。ついでに、ものすごい速度で散らばったままだった自分の私物も拾い集めていった。本やら教科書やらをまるで俺から守るかのよう、大事そうに抱えて後ずさる。なんだかちょっとショックな気もするけれど、これだけ動けるなら大丈夫かと判断して「で、何があったんだよ」と尋ねてみる。すると秋葉は、不自然なくらいに視線を上へ下へとさ迷わせ、それから観念したかのように口を開いた。言いたくないなら別に言わなくても構わなかったんだけど。
「…今日は月曜日だろ」
「そうだな。月曜だな」
「でも、月曜でありながら1日でもある訳だ」
「ん?…まあ、確かにそうだけど」
「毎月1日はコミックスの発売日と相場が決まっている。僕は今日、学校が終わってすぐにアニメイトへと直行した。今日は何と言っても、『ロリッ子キューティー』フィルムコミックス最新刊の発売日だったからな。しかも今回は書店店頭のみ取り扱いのおまけ小冊子付き限定版と表紙書き下ろしの特装版と通常版の3種類同時発売だったんだ」
ここまで全てを一息で言い、秋葉は大きく深呼吸した。なんだかこっちまで息が詰まりそうだ。
そこで秋葉がまた少し頭を上げて、お得意のマシンガントークをかましそうだったから、慌ててその口を手で塞ぐ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!つまり今日はコミックスの発売日で、何やら3種類のバージョンがあったという訳なんだよな?」
「正確には、限定版・特装版・通常版だ」
「…うん、ごめん。で、その漫画とお前の顔の怪我、どういう関係があんの?」
「……盗られたんだ」
「はあ?」
「限定版、僕が買ったのが最後の一冊だったんだ。倍の金出すから譲ってくれって言われて、断ったら殴られて盗られた」
秋葉は俺に説明しながら頭に血が上ったのか、肩を強張らせてわなわな震え出した。
「ご丁寧に金は置いていきやがったのがまた、腹立つ…!」
「あ、ちゃんと金はもらったんだ」
「違う!向こうが勝手に置いていったんだ!そこに!!」
指差された方を見ると、確かにそこには500円玉がぽつんと置いてあった。えっ、何、500円なの?500円でこんな大騒ぎしてんの?ていうか500円なら相手も何も殴る事はないし、こいつだってそんな怒る事なくね?と思ったのが顔に出てたのか、「オタクにとっての限定版とか初回版の有り難味を、いつだって一般ピーポーは理解しちゃくれないんだ!!」って喚き始めた。一般ピーポーって、だってそんなの絶対分かんないよ。500円の漫画1冊で泣いたり笑ったり、人殴ったり出来るオタクってすごいパワフルな人種だなあ、くらいにしか思えないよ。
「…あー、そういや俺、今から本屋行こうと思ってたんだけど…。うちの近くの本屋、結構たくさん漫画置いててんだけど、いつも漫画コーナーに人いないからさ、もしかすると秋葉の欲しい本、まだ残ってるかも」
またぐすぐすと泣き始めた秋葉にそう言えば、「限定版なんだ!限定版じゃなきゃ…限定版じゃなきゃ意味がないんだ!!」と吼えられた。それは分かったけど、いい加減ちょっとうるさい。
「うん、だからその限定版とやらがあるかどうかだけでも見に行ってみようぜ。俺、なんなら店員さんに聞いてやるから」
あと鼻血拭けよ、とさっき駅前で配ってたポケットティッシュを差し出す。大人しくそれを受け取った秋葉は、大きな音を立てて鼻をかんで、腕の中に大切に持っていた本の類を道に放り出されていた鞄の中に詰め込んでいく。ちらりと見えた漫画の表紙には、秋葉の手前、可愛いと評するべきなんだろう女の子の絵が大きく描かれていた。言っちゃなんだがすごい髪の色だった。(それはナギにも言えるんだけど)
作品名:なんだってお前またこんなところで 作家名:柚原ミツ子