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上主

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上主


 光あれ、と。原初(はじめ)に神は言った。実験室に足を踏み入れると同時に灯った明かりを見ながら、彼はそんな尊大な(おそれおおい)一節(フレーズ)を思い出していた。
 その後、七日七晩(いっしゅうかん)の作業を経て世界が完成――だとすると、神というのはずいぶんと優秀な技官と言えるだろう。いよいよ尊大になる思考をもてあそびながら、彼はようやく観測対象としての価値を持ち始めた箱庭()へと近づく。
 個人名と血統から始まり、所属部署と上司名で終わる身分証明キーの中ほどまで確認すると、彼がいわゆる研究者と呼ばれる存在であることが判明す(わか)る。とはいえ、書き換えられたばかり(ぴかぴか)のそれ(キー)を見るだけでは、彼の専門や実績を知るにはかなわない。とはいえ、この実験室(へや)に足を踏み入れ、自らの試料(はこにわ)を持つ姿を見れば、彼がどんな存在であるか推測するはさして難いことではない。
 暗黒時代にはつちくれや藁で作ったゴーレム、もしくは罪人の精液や毒草で作ったホムンクルスなどといったものがあり、前宇宙世代には、フラスコの中で地球が生まれた頃の環境や、ビッグバンの状況を再現するなどといった研究(こころみ)があった。そう、なんと罪深き所行とそしられようとも、無知蒙昧から煮出したような神の御技が横行していた古代から今世紀にいたるまで、クローンの研究が途切れたことはなく、彼もまたその大いなる流れの中を進もうとする人間であった。
 作業を始めてから、そろそろ一月になるだろうか。透明な樹脂の向うに浮かぶ石礫はほぼ球形をしていて、苔と水に覆われている。――正確には、様々な植生があり、生態系があるのだが、この状態でそれを見て取るのは不可能だ。
 アミノ酸の発生から藻の繁殖による環境破壊()の段階は、大きく割愛するのが慣習だ。生命の発生初期における少しばかりの手入れは、あるがままであることを主張する学派においてすら、大筋として認められている。知性と認めるべき動きが必ずしも起こるとは限らない分の悪い賭け。まるで、望ましい異物混入(コンタミ)を期待するかのようなそれは、フロンティアがとても大きい反面、研究というよりは道楽だと評する人間もいる。
 彼の試料(はこにわ)は、初めて作り出したものにしては、非常によくできている――彼が望むとおりに進化()していると言えた。
 緑なす豊かな大地と、守護者。そして天敵。競うこと、守ること、広がること。創造主――人間の技を望み、自らの、もしくは神の姿を求めるという欲望。すべては順調だった。守護者が降り下す鉄槌が適度に生命を間引き、生きることに対する緊張感と畏怖を忘れさせない。人間に似た知性を持ちながらも、天敵のありようや何かの違いは、どんな違った結果をもたらす触媒となるだろうか。すべては克明に記録されている。初期状態から手入れの方法、生命の発生から知性の芽生えへと至る過程。今の段階でも十分に価値あるレポートをものにすることができるだろう。だが、まだだ。時間もまだある。試料(はこにわ)から宇宙へと飛びだつ存在を待つはさすがに難いであろうが、文字の発明と普及程度は待てるはずだ。そうなったのちに公開されるレポートはどれほどに輝かしいものであるだろうか。
 長い努力と、女神の前髪(こううん)により掴みとったものに、彼は大いに満足していた。理想があり、それに至る手段については多くの考慮を行っている。自らの能力の高さを自負する彼にとって、この結果は当たり前のものだ。だが、そうであっても、心地よいものであった。 



 手出しをしすぎではないか、と。彼の発表を聞いた同僚はそうコメントした。
「君はドキュメンタリー仕立ての映画をつくろうとしているのか? 望ましい結果を得るために環境を整えるのは当然の行いだが、君の行いはその域に留まってはいないように見える」
 アミノ酸のカクテルをほんの少しマドラーでかきまわすことで、突然変異が起こる期待値をあげる。シチューを煮込む火加減を調節するみたいに、試料(はこにわ)と恒星の位置を調整する。
 ありのまま()を観察することを貴ぶ一派であっても、その程度のことは丁寧な実験器具の扱い方とでもいうべき作業とみなしている。研究の対象は生命とそれを取り巻く環境、それも人間という種属を作り出した進化と進歩の過程をたどることなのだ。酸素呼吸の必要性や、身の形の違いに関して手を加えることについては、いろいろな立場をとる人間がいる。だが、少なくとも。アミノ酸とたんぱく質、酵素が動く()ことを促進することに反対する人間はいない。バケツに水をためて日向に放置しておいたものを観察することは、効率的なや有意義なを頭につければ、否定されてしかるべき行為なのだ。
「捏造とは穏やかじゃあない」
 名誉毀損をちらつかせる強い発音で彼は言った。
「僕は確かに試料(はこにわ)に草木や太陽を与えた。だがすくなくとも、そのことはきちんとレポートに明記されていて、彼らが作り出したとか自然発生といった始末はしてないだろう? これのどこが捏造なんだ」
「明記してあればいいというものじゃあない。生命と認定されるものが発生した、前知性段階まで進化した、そこまではいい。だが――」
 そう言って、彼の方法に対して否定的な同僚は、彼の担当する試料(はこにわ)に視線を向けた。彼は、心得た調子で、ディスプレイを調整する。透明な樹脂の表面が曇ったかと思うと、石礫の全体像ではなく入り組んだ緑色が現れた。さらに軽く彼がパネルに指を走らせると、緑のざわめきの向うに何やら黒っぽいものがうごめくさまが見えるようになる。さらには――。
「やめてくれ」
 嫌悪を露わにする同僚の言葉に、彼は軽くパネルを叩いてから指の動きを止めた。もとのように石礫の全体が見えるようになる直前、透明な樹脂の向うで揺れていたのは、幾種類かの二足歩行の生命体であった。
「太陽を与えるのはまだ理解できる。しかし、奉仕種属を与えるなどというのは聞いたことがない」
「我らとて、知性のあけぼのの頃から、家畜を飼い、狩猟や農耕の手伝いをさせてきたではないか」
「家畜化の作業は、種属を作る()それとは違う」
「そこは見解の相違だ」
 彼は、再度、自らの試料(はこにわ)へと視線を向ける。目を細めたその表情は、自らの試料(はこにわ)を愛し誇る者のそれだ。
「順を追い、彼らが発見したテクノロジーであれば――」
 これでは、古いSF(ごらく)映画のシナリオではないか。不快そうに首をふる同僚に対し、彼は話すことはないとばかりに肩をすくめた。
作品名:上主 作家名:東明