上主
彼の頭の中では、できはじめていたレポートの構成ががらがらと砕けて混ざり合っていた。浄化疫起動装置、と。その言葉ばかりがぐるぐると頭を回る。たった六体の小さな生命体が。浄化疫の起動が必要なのに、それを阻害したとすれば何が起こるべきか。砂漠と緑なす大地の割合の比率の変化はどれくらいの速度で進むのだろうか。さらにガードを強めた装置を用意すべきなのだろうか。
「――ご気分でも悪いんですか?」
「あ……」
ゆっくりと彼は頭をふった。明日にはもう、ここに入ることすらできなくなる。何を発見したというのか、何を継続して観察すべきというのか。長い息を吐いた。
「ああ、いいや。大丈夫、大丈夫だ。今すぐそちらに向かう。ああ、忘れ物はもうない」
あまり遅くならないでください、と。そう釘をさして内線が切れた。胸ポケットに内線電話を落とし込み、目を閉じる。しばし後、彼は踵を返した。そしてまっすぐに実験室の出口へと向かう。二度と振り返ろうとはしなかった。
明かりの消えた実験室の中、未だ観測下にあるいくつもの試料(はこにわ)が、ただ静かに揺れていた。
fin.