【亜種】彼岸花
『カイト。カイト!』
誰かが呼んでいる。
その声に懐かしさを感じ、カイトはうっすらと目を開けた。
「気がついたか?」
額に置かれた、温かな感触。
もう随分遠い記憶のようにも感じられた。
「鳥飼様・・・・・・」
「全く、余計な心配を掛けおって。村中大騒ぎだぞ」
カイトは、ぼんやりと周囲を見回す。
そこは鳥飼の家の中で、自分は布団に寝かされているようだと理解した。
「何が、あったのでしょうか?」
「こっちが聞きたいところだ」
鳥飼は呆れたような声を出し、沢木とカイトが、五日も行方不明になっていたことを話す。
「お前だけ倒れているのを、山狩りに行った村人が見つけてな。俺のところにかつぎ込んだという訳だ。沢木は未だ見つからんが、皆が懸命に探しているからな」
カイトが黙っていると、鳥飼は穏やかな声で、
「一体、何をしにいったのだ。栗でも取りに行ったのか?」
「いえ・・・・・・」
カイトは赤毛の男の言葉を思い出し、鳥飼に全てを話した。
沢木がアオイを突き落としたことも。
死んだはずのアオイが、沢木を連れ去ったことも。
自分が目にしたこと、耳にしたこと、全て。
鳥飼は黙って聞いた後、「忘れろ」と言った。
「人形のお前が何を言おうと、事態は変わらん。アオイは事故に遭って死んだ。沢木も恐らくそうだろう。お前が考えることじゃない」
「鳥飼様は、どうなのですか?」
カイトの言葉に、鳥飼は黙って立ち上がる。
箪笥の引き出しを開け、中から鮮やかな赤い彼岸花を取り出した。
「お前が握り続けていたものだ。指を解くのに、苦労したぞ」
カイトは目を見張り、華奢な茎に手を伸ばす。
傷一つないその花は、花弁を振るわせながら鈴のような音を立てた。
「さあ、何時まで寝ている気だ。動けるなら、さっさと飯の支度をしろ」
カイトは、一・二度瞬きしてから、
「私の主人は」
「お前の主人は俺だ」
その言葉を遮るように、鳥飼が言う。
「ぐずぐずするな。主人の言うことが聞けないのか」
いつもの調子で叱りつけられ、カイトはくすくす笑いながら、
「今すぐに」
布団をはねのけ、身を起こした。
翌年、鮮やかな赤色に染まったあの場所に、カイトは再びやってきた。
手には、彼に渡された一輪の彼岸花。
約束を交わした訳ではない。けれど、此処に来れば会える気がした。
なんと声を掛けるか、まず礼を言うべきか、カイトがあれこれ考えを巡らせていたら、背後から鈴の音が聞こえてくる。
カイトは振り向き、懐かしいその姿に声を掛けた。
「アカイト!」
終わり