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【黄黒】ライブラリ

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 中学に入学してからすぐに好きになったのは図書室だった。私立ならではの蔵書の豊富さ。それに反して、あまり人気のないところも良かった。なにより、黒子のもう一つの趣味にとってもそこはとても良いフィールドだった。
 図書室から見渡せる範囲はわりと広い。
 たとえば、中庭。天気の良い日は生徒たちが芝生の上やベンチで昼ごはんを食べる姿を見れる。
 たとえば、食堂。窓を開けると匂いまで飛んできて、よく空腹を気づかされた。
 たとえば、教室棟と特別教室棟とを結ぶ渡り廊下。教室棟の一階には教室がないせいか、人気がなくて逢引に最適なのかよくカップルがサボっているのをみかけた。
 たとえば、運動場。たまにサボって図書室で本を読んでいる時の体育の授業、放課後には部活でいつも人がいて、観察するには絶好の場所だった。
 黒子は趣味の人間観察を図書室の中で読書に興じながら、思う存分楽しんでいた。いろいろな人間の動きがみたいから、黒子はいつも観察場所も対象も変えていたけれど、時折、どうしても目に留まってしまう人間とはいるものだ。
 その理由は、いつも同じジャージを着ている体育教員だとか、歩き方をよく知る知り合いだとか、二メートル近くあるバスケ部員だとか、そういう理由だった。
 ある日、またそんな風に一際、目立つ人間を黒子は見つけた。
 金髪に染めた髪。中学生にしては育ち過ぎた体格。眉目秀麗な大人びた顔立ち。どれも周りとは一線を画す存在感だ。
 最初はあんな人もいるのだと、いつものようにその場限りと正門から裏庭に続く道を歩いていく彼を図書室の中から観察するだけだった。
 次に彼の姿を見かけたのは、数日後の放課後だった。教室で着替えて部活に向かう途中に、女の子から告白を受けている姿を見かけた。向こうは黒子が通りかかったのも気づかずに話を進めているものだから、逆に黒子は余計な音を立てないように彼らの背後に回り込んで体育館に向かった。その時、微かに聞こえてきた女の子が、金髪の彼を黄瀬君と呼んだのを耳が記憶していた。
 てっきり先輩だと思っていた彼が同級生だという理不尽を知ったのは、図書室での掃除当番の日だった。同じく掃除担当の二年の女子の先輩が、窓を拭いていると突然、裏庭に向かって、黄瀬君と声を張って手を振ったのだ。先輩は少し頬を赤く染めてなんとも言えない嬉しそうな表情だったが、対する相手は、黒子の目から形ばかりは笑って手を振るように見えたが、はっきり言って目が死んでいた。思えば、先日告白場面に遭遇した時を、顔を真っ赤に染める女の子を見る目がとても同級生の少年のものには見えず、違和感を覚えたのだ。彼の容姿からすれば、さぞモテるのだろうということは黒子にも察することは出来たが、それにしても中学生らしくない覚めた目だった。
「ご友人ですか」
 と、何気なくその先輩に尋ねると、後輩だと言うから彼が黒子と同じ年だと知れたのだ。
 二度あることは三度あり、三度あることは四度目もあるものだ。黒子は特に黄瀬という同級生を探しているわけではないのに、彼はそれなりに図書室の周りに出没するために、いつも彼を見つけたら、なんとなく目で追った。
 次に彼の姿を見かけたのは、試験期間を挟んで一月ぶりくらいだった。何だか雰囲気が変わったと思うのは、少しだけ髪の毛が短くなっているせいだろうかと考えていた。裏庭のベンチに座って女の子の、取り巻きたちに囲われていた黄瀬が、すっとそこを立った時のことだ。その所作が黒子の記憶にあるものとは劇的に変わっていて黒子はひどく驚いた。女の子を引き連れて歩く様もずいぶん変わっていた。歩き方が変わったのだとわかったのは、正門の方へ去っていくシルエットからだった。
 何か武道でも始めたのだろうかと、黒子が思ったのは、同じ部活にやけに姿勢の良い人間がそういうタイプの人間だったからだ。
 答えは意外なところから見つかった。好きな作家の新刊が出ているからと、部活帰りに寄った本屋で、見知った顔を見つけたのだ。本屋の客としてでなく、たまたま、本棚の列を通り過ぎた時に女性が立ち読みしていたファッション系の雑誌の中だった。日頃、人間観察だなんて、視野を広げていたせいか、目ざとく同級生の顔を見つけた黒子は、少しだけ気になって、女性が立ち去った後にその雑誌を手に取った。
 黄瀬の写真が載っていたのは二ページだけだったが、それで彼がモデルをしていることがわかった。
 翌日、社会科の教員に言われて大判の地図を取りに、今日の日直だったクラスメイトの巻藤を手伝って社会科教室に向かっていると、巻藤が、モデル君だと、運動場でつまらなさそうに準備運動をする黄瀬の姿を指差すものだから、思わず黒子は聞き返していた。
「そんなに有名な人ですか?」
「え、黒子、知らねえの?」
 どうやら、黄瀬は黒子が考えていた以上に校内で有名だったらしく、その名前は校外の生徒にも知られるほどだった。
 バスケ部員だったら、ほとんどの顔と名前が一致する黒子だったが、校内で一、二を争う有名人のことは知らなかった。基本的に黒子の人間観察は、その動きから性格など探ることはあっても、黄瀬の名前を知った時のような偶然でなければ、名前を探ったりするわけでもない。
 その黄瀬は、本当に話題には事欠かない男だった。目引くのは容姿だけかと思えば、まずスポーツは何でも人並み以上に出来ると聞こえてきた。黒子は、その噂の一端をもう一度、その目で確認していた。巻藤と黄瀬を目撃した日、黄瀬たちのクラスは、短距離走の記録を取っていた。
 準備室から地図を取って教室に戻る途中、さっきは準備運動していた黄瀬がちょうど走るところだった。
「はええ!」
 巻藤が思わず感嘆の声をあげるほど、黄瀬の走りは速かった。
 記録はもちろん見えないが誰が見てもそれは一目瞭然だった。ゴールラインを切って記録係が数字を告げると、一際大きい女子の歓声が上がった。
「おい、今のすげえ早かったよな?」
「ええ、十秒代乗ってたと思います」
 しかも、黄瀬は最後明らかに速度を緩めた。ちゃんと走っていれば非公式とはいえ、かなりの記録が出ただろう。
「やっぱ、足の長さかねえ」
 そんなことを巻藤がつぶやいた。確かに体格もストライドもポテンシャルが全然違う。なにより黒子が驚いたのは黄瀬の走りこむフォームが、陸上選手のそれのように見えたからだ。どうすれば、抵抗を下げて、効率よく速度を出して、記録が出せるか。黄瀬に関する噂が本当ならば、彼は陸上をしていたわけでなく、ただ、選手が走っているのを見れば再現出来るということなのだろう。
 中学生離れした運動神経を発揮する人間は、部活で嫌というほどみなれているが、バスケ部員以外にもこんな人間がいるのかと、黒子がはっきりと黄瀬を意識した日だった。
 それからしばらく、黒子は人間観察を止めていた。青峰と仲良くなってから、いっそうバスケの練習に集中するようになったからだ。
 けれど、入部してから何度目かの二軍へあがるためのテストにも落ちて、ひどく落胆していた時のことだ。黒子は久しぶりに図書室へ足を運んだ。バスケットシューズが床を蹴る音も、バスケットボールが跳ねる音も、聞くのがつらかった。
作品名:【黄黒】ライブラリ 作家名:サエキスミ